2012年2月2日木曜日

【北九州短編集】 木屋瀬川合戦 (2/3)

【北九州短編集 参加作】

木屋瀬川合戦(その2)

あやまり堂


 鮎姫の書き置きにびっくりしたのは、鯉の将軍と、妻の鮒夫人である。
 だが、初めこそ浅はかな娘よ、裏切り者の鰻よと激しく憎んだものの、
「もとはと言えば、姫の気持も聞かず、海の者と無理に結婚させようとしたわしらが悪いのだ」
 と親の情を起こし、とにかく今は娘の将来を憂うだけとなって、
 やがて結納の打ち合せに再訪した鱸左衛門に対し、
「支障が出来たゆえ、この話は無かったことに」
 と通告してしまった。

 これでは鱸左衛門、おさまるわけもなく、
「何で今さらそのようなことを。すでに決めたことなれば、
 何としても姫をお連れし、祝言を上げていただきますぞ」
 と激しく憤り、川魚の分際で生意気な、と言わなくても良いことまで口にしたため、
「平鱸めが、我らが将軍の仰せに逆らうか」
 と、血気盛んな海老の長髭、がざみの次郎といった若い連中の怒りを買ってしまった。

「海魚がどれほど偉いのだ」
 と長髭、次郎は怒りにまかせて鱸左衛門に飛びかかるや、これを押さえつけ、
 殴る、蹴ると、さんざん辱めてやった後、強引に追い返したのである。

 こうなると、あとは意地尽くである。

 平戸沖へ逃げ帰った鱸左衛門は、自分の責任になってはたまらないから、
 破談にした鯉の将軍たちを激しく罵倒、悪口雑言、徹底的に誹謗した。
 これを聞くや、面目を失った花婿・鯛の源八などは真っ赤になって怒り、
「おのれ憎き川魚ども。この上は一戦に及んで奴らを打ち破り、鮎姫を奪い取って、
 残った川魚どもは皆殺しにしてくれる」
 と、各地に兵を催促すれば、鱶(ふか)の大口肝太(きもふと)を筆頭に、
 鉄砲の筒先を揃えた毒ふぐ太郎や、鰤の一党、土佐沖からは鰹の一団が集まり、
 さらには鮟鱇、かます、手長蛸、なまこに海月、伊勢海老などという連中まで大挙して着到。
 総勢百万余騎の大軍で、木屋瀬川の河口をふさいだ――と「逆鱗余聞」に書いてある。

 一方の川魚側も、攻められれば応戦するまでと、
 鯰の五郎を将監に、鰌(どじょう)鈍八、津蟹の次郎、海老の長髭、
 亀、獺(かわうそ)、すっぽんなど、あらゆる川の仲間を集めて気勢を上げたが、
 総数はわずかに三百余騎。
 援軍をあわせても、海の大軍と比べればあまりにも心細い軍勢であった。


 こうして、木屋瀬川合戦が始まる。
 合戦が始まったのは、「逆鱗余聞」によれば九月十六日のことである。

 海勢、真っ先に木屋瀬川へ入ったのは、一番手の大将・鱶の大口肝太で、
「平戸沖に隠れもなき勇士、鱶の大口肝太とは我がことなり。
 鯉将軍の身内に、目白、口広、髭長、まだら、ぬらくら鯰とか申す者があると承る。
 いざ見参、見参」
 と、大音声を上げれば、鯰の五郎、水面へ飛び上がって、
「大音上げて呼ばわることこそ運の尽き。それ、あそこの腐れ鱶を、すり身の蒲鉾にして食ってやれ」
「よし来た」
 と、獺兄弟が躍りかかって鱶の横腹へ食いつくので、
「やや。一同、肝太を討たすな。かかれ、かかれ」
 と、慌てて毒ふぐ太郎旗下の鉄砲隊が攻めかかる。

 ここで、
「今だ」
 とばかりに川縁に展開していた川魚方の援軍、井口茸人(たけひと)が号令、
 きのこ軍が総力で、そうれ、そうれ、と川底へ沈めていた網を引き上げたから、
 あっという間に、海魚は一網打尽にされてしまった。
 口呼吸も出来ぬ彼らは、ぱくぱくと、声も発し得ず目を白黒させるばかり。

「勝ったぞ」
「今だ、皆殺しにしろ」
 と川魚党が攻めかかろうとする、その時だった。
「待て、者ども」
 と、沖合から一直線に遡上してきたのは、鮪の源太すなわち、
 家督を弟に奪われた鯨入道の長男坊であった。


(つづく)


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