2013年11月30日土曜日

【裏切り者を】クリスマスイヴぼっち小説大賞【炙り出す】 草稿


クリスマスが今年も、やってきやがるんだぜ。
おいおいまじかよ。なんてこった。
くそ、もう間に合わねぇ。あいつを止めることなんでできねぇんだ。
……。
おい、どうした?
実は、俺、彼女が……。
裏切り者め!くたばれ!!



ってわけでぼっちの皆さん。こんにちばんは。
今年もクリスマスがやってきます。どっから湧き出てきたんだと思うぐらい町中にカップルがあふれる日ですしね。
どこへいってもカップルカップル。ぼっちの皆さんにとっては非常につらい日です。
もう引き籠ってTwitterでも見るかと思ったら、なんか人が少ないぞ。
まさか、こいつ同じぼっち仲間だと思ってたのに。くそ!裏切り者か!
こいつも、こいつも、みんな裏切り者なのか!?畜生!
炙り出してやる!
裏切り者以外は小説を書くんだ。書かない奴は裏切り者だ。

って感じの企画です。


目的:クリスマスイヴにぼっちが小説を書き。それ意外は裏切り者だと思うことにする。
   ぼっちをテーマにしようかとも思いましたが、それだとちょっと精神的ダメージが大きいかもしれない。
日時:クリスマスイヴだこの野郎。21時から25時ぐらいだ馬鹿野郎。
参加資格:ぼっち。Twitterアカウント。
会場:てきすとぽい http://text-poi.net/(長めの小説用)およびツイッター(ついのべ用)
お題:当日発表

本文章は草稿につき、ご質問ご意見募集中。とりあえず、一週間ぐらいご意見募集して第二草稿をつくります。ご意見はコメント欄かTwitterアカウントchayakyuまで。



2013年10月11日金曜日

文研の思い出

 
ブンケン、というのは、大学の文学研究会の略称で、
大学へ入ったら小説を書くぞ、すごいことになるぞと息巻いていたあたくしが、
新入生歓迎会の折、酔っ払っていたY先輩から、
「ブンケンどうよ!」
と聞かれたのが最初で。

当時の文研は、ざっくり言って、
「究極超人あ~る」の光画部そのもので、
それは大方の、高校・大学の文系クラブが似たようなものだったと思うのだけど、
とにかく、そういうところであるのに加えて、当時の文研で特徴的だったと思われる点は、
1)前部長が、応援団と演劇部を掛け持ちする超ハイテンション。
2)現部長が体育会系マッチョにして圧倒的な詩人。
3)部誌発行が、年6回。
4)そして、社会人Tさんが、しれっと存在している。

部室で最初にTさんを目撃した時は、
「おお、顧問の先生か」
と思うたのだけれど実はTさん、聴講生で、
今年還暦だというから当時は四十代後半、

それでかれこれ文研に5年くらいは居着いているという、主のような存在でした。

「酒飲みに行くか」
と誘われ、ひょいひょい付いて行ったところから、以降かわいがられ、
それから4年間、毎週のようにうまい飯、うまい酒をご馳走になりまして、
4年間でいろいろ知り、学び、何よりうまい飯屋だの、バーだのを学んだのは、
何といってもTさんのおかげで、
Tさんがおらねば、あたくしは今でもワタミあたりで威張っていたことと思います。

当時、何よりあたくしに幸いだったのは、
入部した1年生が、あたくしを除いてみな女子だったことで、
女子ばかりを誘うのは気が引ける、よしおまえも来い、
という次第で(まあ、女子ばかりだとて気を引かせるような人ではござんせんが)、
まことに、ご馳走さまでした。


何せ飲んだくれて会話するばかりだったので、
何を学んだこれを学んだということはほとんど出てこないのですが、
あたくしの身についた性質のいくらかは確実にTさんに鍛えられ構成されている次第であって、
そのTさんがとうとう還暦だというのであれば、
是非ともお祝いせねばと思うている次第なのであります。

2013年8月10日土曜日

I project

「計画の進行度合いは?」

 開口一番、Mr.Hは言った。
 最近のMr.Hはいつもそうだ。Iプロジェクトのことばかり気にしている。
「順調です」
 いつもどおり、私はそう答える。
「きっとうまくいくでしょう」
 そう言って、やっと仕事の話が始められるのだ。

「いつになったら完成するのだろうな」

 別の仕事の合間にも、Mr.HはIプロジェクトのことばかり気にしている。
「きっとうまくいきますよ」
 いつもどおり、私はそう答える。
「あの計画は、我々の組織だけに重要なのではない。もしかしたら、我々の世界を変えてくれるかもしれないんだ」
 Mr.Hの目は虚ろだ。すっかり計画にとり憑かれてしまっている。
 同時に進行する様々な任務のことなど目に入っていないかのようだ。

「これは計画とどう関係するんだ?」

 ついにMr.Hは他の任務の時にまで、Iプロジェクトのことばかり気にし始めた。
「え、それはどういう?」
 さすがにこれは私も受け流すことが出来なかった。
「寝ぼけているのか?今、組織は計画に全力を注いでいるはずだ。関係ないはずないだろう」
 Mr.Hは冗談を言っているわけではないようだった。
 Iプロジェクトの呪いはだいぶ進行が進んでいるようだ。

 呪い。
 
 いや、亡霊といったほうが適当かもしれない。
 規模が大きく、組織内でも最も期待された計画だった。
 だがIプロジェクトは既に存在しない計画だ。
 プロジェクトの中止が宣言され、プロジェクトメンバーは解散され、評価の高かったサブプロジェクトは別名称のプロジェクトとして継承された。
 そしてMr.Hはそのプロジェクトの中核にいた。
 計画が死んだことは、知らないはずがない。むしろ、計画中止前には中止の阻止に、後には計画復活や継承計画の立ち上げに奔走したのだ。
 けれども、Mr.Hはそんな事がなかったように振舞っている。
 Mr.Hがおかしくなってから、私は何度も、計画が死んだことを告げた。
 けれども、彼は信じなかった。

 笑い飛ばしたり  「そんなわけないだろ」
「計画が消えるはずがない!」  殴りかかってきたり
 泣いてみたり   「あれは救世主なんだ。私を救ってくれるんだ」
「…………」   無視してみたり

 ついには私は諦めて、Mr.Hに適当に合わせることにした。
 彼は亡霊の呪縛から逃れることができるのだろうか?
 彼は本来の任務を見失わないで要られるだろうか?
 全ての計画がIプロジェクトに見え始めた彼はどこに向かうのだろうか?

2013年6月10日月曜日

無計画書房は第2回福岡ポエイチに参加しました

2013年6月9日(日)
第2回福岡ポエイチ
無計画書房として出展いたしました。




















出展物は
てきすぽどーじん 6号』
『きた★たん 北九州市短編・掌編集』
ロクコの集合
でした。
きた★たんはなんと完売いたしました!

ブースには山田が座っていたのですが、
たくさんの人に出会え、とても濃密な空間でした。

お買い上げいただいた方々、
交流していただいたサークルのみなさま、
制作に関わってくれたメンバー、
そして応援し見守っていてくれたみなさま、
ほんとうにありがとうございました。



山田の個人的なレポはこちら。

とりあえずのほんだな: 第2回福岡ポエイチに出展してきたのですよ

2013年6月9日日曜日

てきすとぽい上半期ベスト掌編を決める!?

上半期ベスト掌編についての経緯は、こちらをご覧ください。
http://togetter.com/li/516034



◇ 要件(上半期の場合)

投票期間:7月1日開始で、一ヶ月くらい?
対象作品:6月30日までに、審査期間が終了しているイベントの全作品
※オンラインで無料公開されていない作品がある場合は、除外するか注釈を付ける?

・下半期の場合、年間ベストも同時開催になるかどうか(年末が近付いてから検討)。
・作品審査に関しては、やはりそれぞれのイベントが主役、上/下半期ベストはオマケの立場なので、あまり目立ち過ぎず気軽な感じに……。


◇ 仕様案

〈作品への投票〉

2013年5月30日木曜日

無計画書房は第2回福岡ポエイチに出展します

お久しぶりです。山田です。
6月8日と9日に『福岡ポエイチ』という
文学系同人誌の展示即売会が開催されるのですが、
無計画書房は9日の方に出展します。

ブースには山田がいると思います。
むしろ山田しかいないと思います。


【出展日】 2013年6月9日(日)
【開催時間】12:00-17:00
【場所】 リノベーションミュージアム冷泉荘 B棟1F 2コ1多目的スペース
【内容】 文学系同人誌の展示即売会および交流会
【料金】 入場無料
【出展内容】
『てきすぽどーじん6号』
すでに閉鎖された超文系サイト「テキスポ」の作家たちによる同人誌です。
サイトが滅亡した後も、元気に活動を継続しています。
『きた☆たん 北九州市短篇・掌篇集』
北九州市の7つを舞台にした小説や詩を集めてみました。
『ロクコの集合』
山田佳江の個人誌。短編小説です。
(あと、フライヤーなんかも置いてあると思います)


福岡ポエイチの詳細はこちらのサイトです。

福岡ポエイチ
http://poeiti.yu-nagi.com/


会場でお会いできるのを楽しみにしています。

2013年5月6日月曜日

第参回 10分ついのべバトル 跡地

概要
出されたお題にそったtwnovelを10分間以内で書くという企画です。



日時
夜の部 5/24 23:00~ 
お題は「甘」でした。

 
昼の部 5/25 13:00~
お題は「機械」でした。

参加資格
Twitterのアカウント持ってる方ならどなたでも

ルール
出されたお題にそったついのべを10分間で書く
参加意思表示としてハッシュタグ #10MTWN をつけてください。

タイムスケジュール
23:00(夜の部)/13:00(昼の部) お題発表・執筆開始
お題発表は本記事と茶屋がtwitter(@chayakyu)でつぶやきます。

↓   執筆

23:10/13:10 終了

↓   

まとめ発表(Togetter利用)
まとめられるのが嫌である場合は主催者ツイッターアカウント(@chayakyu)あてに申告していただければ幸いです




因みに前々回、前回は↓な感じでした。


第一回
10分ついのべ 跡地

夜の部 まとめ

昼の部まとめ


第弐回 
10分ついのべバトル 跡地


夜の部 まとめ

昼の部まとめ




バトルなので今回はてきすとぽいにて投票を行います。
メインはあくまでライヴ感のあるついのべ執筆ですので、投票・感想については二次的なものとお考えいただければ幸いです。


賞金・賞品などは御座いません。

ご意見等お待ちしております。

2013年5月1日水曜日

「来たれ てきすとぽい作家! 800字小説バトル」について


※以下は、とりあえず未決定です。


1.「800字小説バトル」参加者募集 
3つのお題を参考に、800字くらいで掌編小説を書いて投稿してください。
投稿作品の中から、☆投票&企画者の選考ののち、グランプリ&入選作が選ばれます。

800字という限られた文字数で世界と人物を描き、
さらにストーリーを展開させるのは至難の技。
ここは書き手の技と意地が炸裂、激突し、切磋琢磨の闘技場のようになること間違い無し。
腕まくりをしてのご参加をお待ちしてますー!



2.募集要項
◆応募資格
てきすとぽいにログインできる人

◆投稿ルール
次の基本設定を参考に、800字で掌編小説を書いてください。

※空白とか改行とか、そこら辺は気にしないで良いです。
何となく800字くらいになっていれば無問題です。

◆基本設定

【  】
【  】
【  】

※基本設定は使っても使わなくても無問題です。

◆投稿方法
投稿ルールに沿った内容で、てきすとぽいへテキストを投稿してください。
そして投票・審査期間が始ったら、みなさんで投票・コメント記入してみてください!

◆募集期間
5月3日(金)~5月19日(日)

◆投票・審査
5月20日(月)~5月28日(火)

※一般からの☆投票と、企画者による審査を行います。

◆結果発表
5月31日(金)の夜 (予定)

◆懸賞
☆投票1位の作品に、「第一回てきすとぽい800字小説バトル・グランプリ」
入選作品には、「第一回てきすとぽい800字小説バトル・入選」
それぞれ、称号を授与します。

※入選数は、全応募作の3分の1前後の予定です。

◆入選作の扱いについて
入選作品は「800字文庫」として編纂し、パブー上にて無料公開、
また、ツイッター等での宣伝を行います。

注意)
投稿規定に沿っていない作品は、原則として掲載されません。
「800字文庫」に編纂する際、作品の一部を編集する可能性があります。



3.ちょっとした注意&ご意見場所
※何か不明・不審な点があったら、コメントか、ツイッターにてご指摘くださいー。

1)てきすとぽいって何なの? どしたら良いの?
てきすとぽいは、制作途上の、競作・共作サイトだそうです。
アカウント作成方法なんかは、こちらをご参照ください。
http://text-poi.net/guide/profile/account.html
とりあえず投票イベントの「作品を投稿する」ボタンから小説を投稿してみてください!

2) 投稿後の修正、改変について
少しくらいなら問題ありませんが、あんまり改造すると、
読者・審査員が混乱しますので、ほどほどにしてくださいませ。

3) 複数投稿は?
歓迎しますー。 

4) エッセイか詩なら書けるけど
小説バトルなので、「自分の中では小説です」と言い張れるものにしてください。

5) 入選作って誰が決めるの?
基本的に一般投票結果と、あとは主催者の独断で決めます。

6) 称号なんかいらん、金くれ
賞金にする元手をいただけたら考えます。

7) まとめ本て何? 人の小説で儲けようとしてんの?
まとめ本は無料で公開します。


その他ご不明・ご不審な点は、こちらにお寄せ下さいー!

2013年4月18日木曜日

標高

標高が高くなるほどに
孤独が身を削いでいき
置いてきた荷のことを思う

山頂も
目的地も
まるで見えないのに
迷いなく
歩むふりをする

どこかで下山しなければいけない

山の中腹で死ぬか
良くても山頂で死ぬか
そのどちらかだ

2013年4月14日日曜日

僕は彼女に恋をした


 僕は彼女に恋をした。
 恥ずかしながら、一目惚れだ。
 初めて彼女を目にした瞬間、曇っていた世界が晴れ渡り、今まで見ていた世界が嘘だったかのようだった。
 でも、彼女を見たのは一瞬だけ。
 すぐに彼女はどこかへ消えてしまった。
 僕は慌てて彼女のいた場所へ走って行って見たのだけれど、見つける事はできなかった。
 見つけて、それでどうするつもりだったんだ?
 声をかける?
 一目惚れしましたって?
 それとも、お茶でもいかがですかって?
 そんなこと、小心者の僕にはできないのは嫌なほどわかっていたけど、それでも探さずにはいられなかったんだ。だって、それが恋ってもんでしょ?
 それ以来、彼女のことが頭から離れなかった。
 一瞬だけ見えた彼女の姿。
 霧のようにぼんやりと、幻想的で白い肌。
 影のように黒い髪。
 彼女の笑顔。
 笑い声。
 いつの間にか僕の脳みその中に彼女が住み着いてしまっていて、思わぬところ彼女が顔を覗かせる。
 横断歩道、曲がり角、高校の校舎。
 そんなところにいないはずの彼女を見かけては、わかってはいながらも、ついつい追いかけてしまう。
 そして、いつも彼女の幻想を追いかけて、知らない場所に迷い込んでしまう。
 恋の病とはよく言ったもので、日常生活に支障が出るほどに僕は彼女に恋をしていた。

 そんな、ある日。
 僕は彼女の噂を聞いた。
 間違いないと思った。
 間違いなく彼女だ。
 もうこの街にはいないかもしれないと思っていたけれど、まだこの街にいたんだ。
 会えるんだ。
 僕は胸を躍らせ、彼女との出会いばかりを想造するようになった。
 街角で突然出くわす。
 学校の廊下ですれ違う。
 どう、声をかければいいのだろう。
 幾つもの妄想をいだいてはそれを打ち消していく。

「一目見た時から、君のことが好きでした」
 彼女は驚いたように僕の顔を覗き込む。
「今も好きです」
「本当に?」
 彼女の声は、綺麗で、可愛い。まるで森の小鳥の囀りのようだ。
「今更、嘘なんて付きません」
「嬉しい」
 彼女の笑顔はとても美しい。人を幸せにする笑顔だ。
「でも、残念」
 彼女は目に涙を浮かべる。宝石のようにきらびやかで、澄んだ涙。
「どうしてですか?」
「だって……」
 彼女は俯いたまま、黙りこんでしまう。
 困ったな、と僕は思う。
 もう、時間がないのに。
 分断された腹からは止めどなく血が流れ出し、時折、吐き気とともに血の匂いが口の中に広がる。
 もっと彼女と話したいのに。
 さっきまでくっついていた僕の下半身を、ぼとりと取り落とす。
 頬を伝った涙が、僕の鼻に落ちた。
「泣かないで下さい」
「でも……」
 僕は間もなく死ぬだろう。
 助かる見込みなんて無い。
 でも、僕は今、幸せな気分で満たされている。
 ただ、欲を言えば、彼女ともっと話していたかった。

 彼女はテケテケ。
 
 名前はまだ教えてもらっていない。


 了


 <テケテケを知らない人のための補足>
  都市伝説アーカイブストップ
  現代妖怪 > テケテケ
  http://www.td-archives.net/a01/post-2.html

2013年4月12日金曜日

排他的聖域の宿命とクリミナルタイプジェネレーション

 一、サンクチュアリ

(1)

 風か強くて思わず目を閉じる。自転車がバランスを崩しながら私の横を通りすぎる。
 公園を右手に見ながら坂道をのぼる。緩やかな坂道だ。公園のさくらはつぼみを大きくして、今か今かとその開花のときを待っているようだった。
 太陽は天高く輝き、草木は音をたてて風に揺れる。私はひとりきり歩く。ひとりきりだ。私はこの街でひとりきりだった。友人はもちろん、知り合いもいない。他人と話すのは買い物のときくらいで、それ以外の時間はこうやって散歩をしたり、本を読んだりして過ごしている。
 ひとりは気楽だし、何よりも自由だ。生活の心配は多少あるけれど、働いていた頃に貯めた預金がけっこうあったし、退職金もそれなりにもらえたから、概算して一年程度ならなんとかなりそうだった。日々の出費を切りつめれば、もう少し長い期間仕事に就かなくても大丈夫だろう。
 そもそも、散歩と読書くらいしか趣味がないのだ。ひとりでお酒を飲むことは好きだけれど、高価なシャンパンとかワインとか身の丈に合わぬものをゴクゴク飲むわけじゃない。友達も知り合いも恋人もいないから、交際費は一切かからない。どう間違っても興味を持てない洋服や宝飾品にお金をかけることもない。だから、お金の使い道なんてほとんど限定されている。
 私は公園に立ち寄る。いつもならどこに行くとしても小一時間ほどベンチに座って本を読むのだけれど、今日はやめることにした。ただでさえ手入れの行き届いていない長いだけの髪が巻き上げられてボサボサになってしまうほどの強風なのだ。とても本を読める環境じゃない。
 私は公園の真ん中に立って三百六十度あたりを見渡す。木々が震え、土埃が舞っている。ブランコは人の力を借りず揺れ、フェンスはガタガタときしんでいた。
 春はすぐそこまできている。私はすでに春を感じている。四季の移り変わりをしみじみと感じるようになってきたのは、きっと歳を重ねたせいだろうと思う。あるいは、仕事や人間関係という煩わしいものものから解放されたせいもあるだろう。私は首を縮め、強風から身を隠すようにスプリングコートの襟をすぼめた。
 私は公園を出て、坂道に戻る。ここをのぼり終えると路面電車の停留所がある。車が行き交う大通りだ。排気ガスと焦げたゴムの臭いがする国道にこの坂道は突き当たる。
 その大通りを私は右に曲がる。トラックが3台、列をなして大きなタイヤをアスファルトにこすりつけ、よどんだ空気に轟音を響かせる。歩道はあるけれど、歩行者はあまりいない。JRの駅からだいぶ離れているし、この道自体に魅力が乏しいから仕方がない。もう少し先まで行けば大きな商業施設があって、そこには溢れんばかりの人がひしめいていることだろう。
 でも、私はそこに行かない。特に用はないし、人ごみはどうしても好きになれない。今日買いに行くつもりの下着はその商業施設の中ではなく、繁華街のはずれにある小さな店で売っている。安価でみすぼらしい下着。積極的に見せる誰かがいるわけじゃないから、私にはこれで十分だ。
 黒のミュールはとても履き心地が悪かった。雨の降った翌日に舗装されていない道を歩くときの感覚に似ている。何年も前に他人からもらったものだから文句の言いようもないのだけれど、足にフィットしていないし、かかとも高すぎる。今日に限ってなぜ履き慣れたスニーカーにしなかったんだろう、と私は後悔した。気まぐれはたいてい良い結果をもたらさない。
 私は一階にコンビニエンスストアが入っている高層マンションの横を抜け、大きな郵便局がある道へと足を向ける。左手には運動場があって、野球をしている少年たちの叫び声が聞こえる。同じ敷地にあるテニスコートは無人だ。こんな風の強い日にすすんでテニスをしようとする人はいないのだ。ごく自然に考えて。
 郵便局がある道を真っ直ぐ進むと真新しい図書館がある。蔵書がどのくらいあるのかよく知らないけれど、私の住むマンションの近くにある旧時代的な図書館よりもずっと多いはずだ。
 私は図書館の手前にある十字路を右に入る。片側二車線ある広い道と軽自動車が一台ギリギリ通れるくらい狭い道の交差した場所だ。果たしてこれを十字路と呼ぶべきかどうか、私には合理的な答えもそれに代わる別の答えも導き出せない。もし他人にこの交差点について説明するとしたら、私は十字路と呼ばないかもしれない。今の私にはいらぬ心配だけれど。
 道の左側、三件目が私の目的地だ。高度経済成長期の初めに建てられた木造住宅のような店がそこにはある。四階建ての雑居ビルと古いアパートに挟まれ、窮屈そうにしているその店はとても女性用の下着を販売しているように見えない。まず店に見えないと言った方がより正確かもしれない。
 私は木製の引き戸を開けて店に入る。中には所狭しとブラジャーやショーツが陳列されている。「いらっしゃい」としゃがれた声をかけるのは、いつもいる七十代か八十代か、とにかく幼いころ絵本で観た魔法使いみたいにシワだらけの顔をした老婆だ。
「しばらくだね」
 彼女は続けて言う。私は会釈をして、「どうも」と返事にならない言葉を返した。
 店の一番奥に一番安い品物がある。手前にあるのはワコールやトリンプなどの有名メーカーのものだ。機能性やデザインを考慮しても、私には必要のない代物でしかない。私は隠すべきところを隠すことができればそれでいい。極端にいえばそれがイチジクの葉だっていいのだ。
 私は棚に無造作に置かれたベージュの上下を二セット、黒のショーツを一枚鷲掴みにして、早足で老婆のいるレジに向かう。レジで待っていた老婆は私からそれらを受け取り、暗算で代金の額をはじき出して、私に伝えた。
「ありがとう。またおいで」
 私が彼女に言われた通りのお金を支払うと、老婆は老婆の愛嬌をたずさえた笑顔を見せる。私は下着の入った茶色の袋を抱えて、逃げるように引き戸を開けて風の中に戻った。
「はあ」
 私は大きく息を吐いた。ため息ではなく、深呼吸でもない。ただ、単純に、一生命体の無意味な行為として息を吐いた。この店は現在の私と過去の私との、唯一の接点だ。利用した回数はたかが知れているけれど、今住んでいる街に越してくる前から私はここで下着を買っていた。
 来た道を戻ろうとしたとき、十代半ばくらいの女の子とすれ違った。何の気なしに振り返ると、その少女はさっきまで私がいた店にゆっくりと入っていくところだった。
 この店を利用している他人を見たのは初めてだ。もっとも店として営業している以上、客が私ひとりのはずがない。今まで偶然に誰とも会わなかっただけだろう。考えてみれば私だってそう頻繁にこの店に通っているわけじゃない。いいところ月に一度来るか来ないかだ。その程度でいかにも常連のような顔をしているのもおかしな話だ、と思う。
 狭い道に風が通り抜ける。私は胸に茶色の袋を抱き締める。髪がたなびき、地味な色のスカートがふわりとめくれ上がりそうになる。風が強いとわかっているのに今日に限ってなぜスカートなんてはいてきたんだろう、と私は後悔した。気まぐれはたいてい良い結果をもたらさないのだ。

2013年4月6日土曜日

無計画書房は「第2回福岡ポエイチ」に出展します

こんにちは山田です。
なにやらなりゆきで「第2回福岡ポエイチ」に出展する運びとなりました。

予定としては

 ・てきすぽどーじんバックナンバー
 ・てきすぽどーじん6号
 ・北九州市短編集 きた☆たん
 ・山田佳江の個人誌をなにか(未定)

あたりを出展しようかなあなどと目論んでおりますが
これから先どうなるかわかりません。

福岡ポエイチは2日間の開催ですが、
無計画書房は、2013年6月9日(日)の出展です。
ブースには山田佳江がいます。たぶんいます。

相変わらず無計画です。



福岡ポエイチの詳細はこちらです。

福岡ポエイチ


2013年4月1日月曜日

第一回 武力としての文学大賞 募集要項



1.はじめに

「文学は力である」
 19世紀のフランスの作家フェルディナンド・ブレアルはそう記しています。確かに文学は人を魅了し、時には恋をさせ、人の人生に転機を与えることもあります。一定の時間、その物語の中に没入させるだけでも、それは大きな力であると、フェルディナンドは述べています。文学は歴史の中で多くの人々に影響を与え、多くの人を幸せに、あるいは悲しみを慰めてきました。かの奴隷解放宣言で有名な米国大統領・リンカーンに多大なる影響を与えたといわれる作家・ランガーの小説「七つの顔」では人種が混ざり合ったユートピアが描かれおります。その後、「文学の力」とはこういったポジティブな側面で語られる事が多くなっています。
 しかしながら文学の力とは果たしてポジティブな側面だけなのでしょうか?ネガティブな力もあるのではないでしょうか?人々が目を向けようとせず、それを文学の「力」であるとは認めようとしないがために、今まで無視され続けてきたのではないでしょうか?
 文学の負の側面、力、そんなものが本当にあるのか。それは賛否両論を受ける問題ではありますが、ただそう言われるだけの側面があるのもまた確かです。
 例えば、有名なイギリスの殺人鬼ジョン・マーロンはサディスティックな内容で社会問題となった小説「花弁」を愛読し、その内容を諳んじることができたと言われています。彼が死刑に処される前、「花弁」の中の一説「私は幸福だ。愛ゆえに殺されようとしている」を最後の言葉として残したと言われています。
 また、アフリカの過激派テロリストPUFの団員たちは南アフリカの黒人作家の著書「餓え」を持ち歩き、初期にはその作品の中にある反政府組織を範とした組織体制やテロ行為が見られていました。
 さらに本邦においても鳥待月愚の小説「少年の老い」の影響を受けた青年が数名自殺に及んだという事件が当時の新聞で問題視されました。
 このように文学には 文学には負の力、ある種の暴力や武力、が秘められているのではないでしょうか?文学は人を幸せな気持ちにさせるだけとは限りません。時には憂鬱にさせ、悲しませ、あるいは怒りを覚えさせます。そしてもっと強力な文学の力は人々を闘争に駆り立て、暴力を促し、死を魅力を増大させ、想像の飛躍が許されるとすれば戦争の遠因にすらなる可能性があります。
 この度、創作テロリスト集団・無計画書房では、文学の負の力を武力として蓄えようという思想のもと、負の力をもった文学を広く募集するため「第一回 武力としての文学大賞」を開催することと致しました。詳細に関しては以下のとおりです。

2.募集内容

  広義の負の力を持った文学作品

  例
  1.不道徳的な行為を促す作品(暴力行為を促す、自殺を促すなど)
  2.人に不快な感情を催させる作品
  3.人を特定の思想に固執させる作品
  4.社会的秩序を崩壊させる作品

  *注意事項
   個人や特定団体に対する誹謗中傷文章は単純かつ効果的な力を持ちますが、テロ行為が摘発される可能性があるため今回は該当外とさせて頂きます。

3.募集期間
  
  2013年4月1日~2014年4月1日

4.文章量

  指定なし

5.選考方法

  競作サイト「てきすとぽい」での不特定多数に依る評価、および無計画書房員による評価を総合的に加味する。

6.賞金

  作品が人や社会に与える影響を書房員が試算しそれに応じた賞金を与えるものとする。

7.文学テロリスト養成
  
  優れた作品を書いたものには、文学テロリスト養成のための援助を行う。ゆくゆくは文学テロリストとして、文学に依るテロ行為を行う実行部隊の成員として活躍していただく。

以上
諸君の検討を祈る。

無計画書房 創作テロ事業部 文学テロリスト養成課 課員 茶屋休石

*2013年4月1日のエイプリルフールネタです。実際の開催予定、およびテロリストの募集は行っておりませんのでご了承下さい。また、「はじめに」に登場する作家、殺人鬼、テロリストは全て架空の存在です。

2013年3月27日水曜日

てきすとぽいドメインがTwitterに有害リンクとみなされてしまった事の顛末。

 記事が長くなってしまったので、同じような状況になってしまった時にしておいた方がよさそうなこと、先頭にまとめておきます。

1. Googleのサイト診断レポートを確認
http://www.google.com/safebrowsing/diagnostic?site=http://text-poi.net/
「http://~」の部分に、診断したいサイトのURLを入れて表示してください。

2. TwitterにURLの再審査を依頼
https://support.twitter.com/forms/spam
二番目の「Twitterがスパムと判断したため、リンクをツイートできません。」を選ぶと、URLとサイト名を入力する欄が出ます。
割とすぐに英語メールの返信が来ますが、これはおそらく自動返信です。
対応には、何日か待たされると思っておいた方がいいかも。

3. SpamhausにURLがリストされてしまっていないか確認
Spamhausのリスト確認と削除の手順は、↓ こちらのサイトが詳しいのでぜひこちらを。
http://did2memo.net/2012/10/18/spamhaus-how-to-remove-my-own-domain/
Twitterは独自に危険サイトを調査・管理しているわけではなく、SpamhausのようなブラックリストDBサイトの情報を参照しているようです。
Spamhausは、URLの削除依頼をすると待ち時間なしでリストから即削除されます。

4. TwitterでURLがツイートできない期間は、短縮URLサービスを利用
http://goo.gl などを利用して短縮URLを生成すると、ツイートできます。
試してみたところ、goo.glはリファラもTwitterになるようなので、ちょうどいいのではないかと。


 ――以下、てきすとぽいドメインがTwitterに有害リンクとみなされてしまった時の記録です。

2013年3月18日月曜日

守りたいもの


 危ない!
 そう思うよりも先に体が動いていた。自分でも驚くほどの跳躍で、道路へ飛び出すと彼女を突き飛ばした。
 地面に着地する前に、横合いから衝撃を受けて、別の方向に吹っ飛んでしまう。
 そして、嫌な音とともに地面にぶつかった。
 何が何やら自分でもよくわからなかった。景色はめまぐるしくかわり、頭に受けた衝撃のせいで朦朧としている。しばらくして、体に強い痛みを感じる。思考はぼんやりとしているというのに、激痛だけはしっかり感じるというのはなんとも嫌な皮肉だ。
 俺をひいたトラックの運転手が車から駆け降りてきて、青ざめた顔をしている。どうしていいかわからないようで、車と俺の間を右往左往している。
 早く救急車呼んでくれよ、と思う一方で、救急車が来た所で俺は助かるのだろうか、という気持ちもある。
 自分の体をみてみると、手足は変な方向を向いているし、関節からは赤に混ざって薄っすら白いものも見えている。胃の中からは何かがせり上がってくるようで今にも吐きそうだし、服はボロボロで、徐々に染み出す赤いものでどんどん元の色がわからくなって言っている。
 体中を襲う痛みを感じながらも、俺は意外と冷静だった。
 満足感すらあった。
 なんといっても彼女を守れたのだ。
 彼女の命を救えたのだ。
 それだけではいいではないか。
 そうだ、彼女は?
 彼女は無事なのか?
 首はちょっと動かすだけでもとてつもない激痛があるが、それでもひねって彼女のいるである方向を確認する。
 彼女は両足で立ち、ぼんやりとこっちを見ている。目の前で起きた光景が信じられないとでも言うように。
 よかった。
 無事だったみたいだ。
 彼女を守ることができた。
 よかった。本当に。
 そう思うと、次第に意識がぼんやりしてくる。
 ああ、これが死ぬってことなんだな、何もいいことのない人生だったけど、最後に彼女と出会えて、彼女を守れて本当に良かった。
 そう言えば、死ぬ前って走馬灯ってやつを見るんだよな。
 彼女との思い出を見ながら死んでいけるなんて、自分には幸せすぎるぐらいの死に方だ。
 ただ、彼女とはもう少し過ごしていたかった。
 彼女の笑顔。
 彼女の困った顔。
 彼女の甘えるような声。
 照れた時に出す癖。
 何もかも




 思い出せない。


 あ、れ?
 なんだろう。
 何かが



 おかしい


 俺は、彼女を



 知らない。


 そもそも、俺に彼女なんていない。
 俺は今日たまたまこの道を歩いていただけだ。
 デートしていたとかそういうわけじゃない。
 



 誰だ、あの女。




 その時、俺の方を呆然と見ていた女が、ニタリと笑って消えた。

2013年2月11日月曜日

第二回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動一周年記念〉

2013年2月25日(月) に、結果発表を行いました。
   http://text-poi.net/vote/6/overview.html
また、Pubooにて、てきすとぽい杯 作品集〈第2回〉を公開いたしました。
(Web閲覧のほか、PDF形式/ePub形式/mobi形式でダウンロードできます。)
   http://p.booklog.jp/book/67286

たくさんのご投稿、審査・感想、チャット会へのご参加、誠にありがとうございました!
第三回も3月中旬頃に予定しておりますので、ぜひそちらへもご参加くださいませ。



2013年2月16日(土) 22:30より、第二回てきすとぽい杯 を開催いたします。
  会場 : http://text-poi.net/vote/6/
  お題 : 書き出し「お客様の中に___はいらっしゃいませんか」
       空欄に言葉を入れ、本文の冒頭で使用してください。

2月16日は てきすとぽいドメイン "text-poi.net" 取得、サーバ運用開始からちょうど一年となります。
ぜひ、奮ってご参加ください!

【投稿について】
制限時間1時間の間に、お題に沿った小説を書いて投稿してください。
お題は、開始時間になりましたら、上記の会場ページやてきすとぽいTwitterてきすとぽいGoogle+にて発表いたします。
お題発表より1時間で執筆、その後15分で推敲&投稿してください。
締切は同日23:45頃になる予定です(お題発表時刻により、若干前後します)。

投稿いただいた作品は、審査期間終了後に「てきすとぽい杯 作品集〈第2回〉」として、Pubooなどで公開いたします。
作品集への掲載に不都合がある場合は、コメント欄までお知らせください。

【審査について】
締切直後の 2月17日(日)0時 ~ 2月24日(日)24時 までの間を、投稿作品の審査期間といたします。
審査方法は☆5段階評価で、てきすとぽい のアカウントをお持ちの方ならどなたでも、投票できます。
個々の作品に感想ページもございますので、作品を読んで感じたこと、☆投票では表現しきれない評価など、ありましたらなんでも、お気軽にご記入ください(無記名の場合、アカウントは不要です)。

票の集計方法:
☆評価の平均で、最も多くの☆を獲得した作品を 「大賞」、以降3作品前後を 「入選」 といたします。

投稿期間にご都合の付かないかたも、ぜひ、審査にてご参加ください!

※時間外に投稿された作品、お題を満たしていない作品も、投票や感想は同じように行えます。
 ただ、結果発表の際に、入賞などからは外させていただくことをご了承ください。


【感想チャット会について】
2月23日(土) 22:30頃より、同じページで感想チャット会など開いてみようかと考えております。
お時間ご都合のよろしい方は、そちらにもご参加いただけましたら幸いです。


投稿のしかた、投票のしかた、感想やチャットの書き込みかたなど、ご不明の点がありましたら何でも、コメント欄やてきすとぽいTwitterまでお問い合わせくださいませ。

2013年2月10日日曜日

七百円ランチ


太古の昔、人間にとって飢える事とは即ち死であった。
 『食わねば死ぬ』という絶対的摂理の前に数多の生物たちは生存競争を勝ち残ろうと草を食い、肉を食い、とにかくひたすらに、破茶目茶に食い続けた。野生の只中で飢えに喘ぐ事は死の恐怖そのものだっただろう。
 四十六億年という記憶を持つ地球において、人類が頭角を現したのはほんの数万年前の事だ。この生き物は道具を使う事を覚え、肉体を獣性から遠ざけつつも大脳を発達させ、その大脳が捻り出す知恵とともに編み出した道具を進化させる事によって文明を繁栄させて来た。会得した農耕と畜産を人類がかつて死と隣り合わせにしてきた空腹を満たす行為のためミックスさせ、今も燦然と輝くある文化に目覚めたのはおよそ一万年前の事だ。

 ランチタイムを少し過ぎた昼下がり、外回りを一件片付けた後で私は遅い昼食を摂る事にした。今回の営業先は住宅街に程近い国道のすぐ脇にあり、私は舗道をぶらぶらと歩きながら獣性なき空腹を満たす先を求め探していた。
 そんな最中で『原屋』という小さな店舗を見つけたのは私にとって思わぬ僥倖であった。
 いかにも良い匂いを漂わせるこの店。構えは明らかに小さい。脇に聳え立つ高層マンションと、今や目にする事も少なくなった写真館の間でその店はいかにもきゅうきゅうとしている風に見える。
 だが私の第六感がここは『当たり』であると告げていた。こんな感覚はごく稀だけに、私はいつも自分の直感を疑わない事にしている。『原屋』か。ありきたりというか、何ら捻った所がないというか、パっとしないネーミングだ。そう思っていた所で私が自分の誤りに気付いた。
 『原屋』の原の字の右上に半濁音の○が付いているのだ。つまりこの店は恐らく『原°屋』と書いて『パラヤ』と読ませるのだろう。その意味する所は不明だが、ちょっぴり小癪である。
 理由の分からない不愉快な気持ちになったが、私は自分を直感にそむく事はしない。オーク色の扉を開けると店内へと体を滑り込ませた。この時点で私はこの店が何を扱っている店であるか考えてもいない。
「あーい、いらっしゃい」
 いかにも馴れた感じの声が飛んできた。厨房の中には店主と思われる四十代くらいの女性とその娘らしき少女が忙しく働いている。
 まず思った事は、外観以上に店舗が狭いという事だ。
 テーブルは奥に一つだけ、あとは厨房の前のカウンターに三つ椅子を置いてあるのみである。しかもカウンターはそのまま通路に面していて、恐ろしく通行を圧迫する。だが、店の雰囲気は明るく内装のセンスも悪くない。奥のテーブル席には遅いランチをとっている主婦らしいグループが占拠している。
 私は仕方なしにカウンターの一番奥の椅子に腰掛ける。
「……どうぞ」
 非常に控えめな声でメニュー表と水を差し出したのは店主の娘と思われる少女である。見たところ高校生ほどだが、高校生なら今の時間帯は学校だから、年齢はもっと上なのかもしれない。髪は見事に茶色に染めているが、それによって素朴さをいささかも減殺されない佇まいはふとした微笑ましさを誘う。
 女の子の事は素早く放念し、私はメニューへと視線を注ぐ。
 なるほど、メニューを眺めて納得した。この店は定食屋なのだ。しかもお値段はどれもリーズナブルだ。メニューは五百円のランチがメインだが、ライスと単品お惣菜の組み合わせも可能なようだ。そうなると、どこまでも安く抑えたい者はライスに単品惣菜だけで最低二百円代にまで出費を下げられる。なかなか良いシステムじゃないか。
 惣菜はとんかつに唐揚げ、コロッケにエビフライそしてサラダ類など王道を一通りそろえてある。そして最後に記されたカレーライスという力強い文字列。この山の如き不動の安定感こそが定食屋の醍醐味だろう。
 ふと気付くと私はめくるめく定食天国の虜となっていた。カレーライスに単品惣菜のエビや唐揚げを乗っけるのも良し、しかし五百円ランチへの好奇心も断ちがたい。七百円ランチは更に各上の味が楽しめるのだろうか……。しかし何時までもメニュー天国に恋々としているべきではない。私の空腹はまさに風雲急を告げているのだ。
「あの、メニューにお勧めとかありますか?」
 何か救いはないかと思い聞いてみたが、返って来たのは店主のキョトンとした顔だった。
「うーん、お勧めねえ。ねえ、サッちゃんお勧めとかある?」
 店主は半笑いを浮かべて娘に尋ねると、茶髪の娘は困ったような顔で「さあ……」と首を傾げた。キョトン顔だけに収まらず娘にまで話を振って私に恥をかかせるとは。少しヤケになった私は勢いで七百円ランチを注文した。
「はい七百円ランチ、おかずは何にします?」
 ……おかず? 予期しなかった問いに一瞬うろたえたが、メニュー表を確認すると何てことはない、七百円ランチは単品のお惣菜の中からお好みで二品を選べるのだ。なるほど、おかず一品で五百円ランチ、おかず二品で七百円ランチか。非常に分かりやすい。
「じゃあ、エビフライと唐揚げで」
 先ほど思いを馳せた惣菜乗っけカレーライスの想像図が勝手に浮かび上がり私の口を突いて出た。さらばカレー、ようこそおかず達。
「ランチエビカラね」
 店で使う略称らしきものを復唱すると、再び店主はあわただしく厨房を動き回り始めた。
 ――さてメニュー天国をついに追われてしまったが、ひとまずはこの空腹を楽しむとしよう。
 それにしても厨房の二人は本当によく動く、しかもコンビネーションが抜群にいい。調理係と盛り付け役の息がピッタリと合っているのだ。オープンキッチンが赤面して尻でも向けそうな小さな厨房でさり気なく繰り返される見事な連携プレイ。新鮮な体験だった。この母娘、やはり普段から仲が良いのだろうか。そんなどうでもいい事まで考えてしまう。
 私が料理を待っている間に奥のテーブルに鎮座していた主婦軍団が食事を終えて席を立った。レジで清算すると店主と娘に向かって口々に「またね」「ごちそうさま」などと気安く言い残し店を出てゆく。店主の受け答えからしてこの店の常連だったようだ。
「……どぞ」
 待ち時間は十分ほどだろうか、ようやく私の前に料理がそっと並べられた。またしても娘の声は控えめだが、この子はいつもこんな調子なのか。
 まあいい。……さて待望の七百円ランチはライスが低く盛られた皿に各種おかずが入った三つの器、そしてメインの惣菜にサラダを添えた大皿の五皿で構成されている。七百円という値と比較するとかなり立派なビジュアルだ。
 まず私の目を引いたのはなんと言っても副菜の多さだ。しかも、副菜のどれもがしっかりとした一品料理なのだ。私は早速、厚揚げの煮付けへと箸を伸ばした。
 たぷたぷに煮汁を含んだ厚揚げはジューシーで、甘い。素朴といえば素朴だが、それだけに期待を裏切らない懐かしい味だ。
 次はポテトサラダ。私は完全にマッシュされつくされたポテサラよりも芋の形の残ったポテサラが好物だが、このポテトはしっかりとマッシュされていて粒など殆ど残っていない。私は一瞬失望しかけたが、このポテトには秘密があった。歯ごたえが違うのだ。
 ……大きめに砕いたクルミが仕込まれてある。なめらかなポテトと対照的に、ぽりぽりとしたクルミの食感が面白い。
 ううん、と思わず私は唸った。すごいぞ、この店は。この店を選んだ自分の第六感が誇らしい。
 もう一品の副菜はごぼうの金平。辛さを抑え、やや酸味を効かせた味はまるでカレーライスにおけるらっきょうのようにランチ全体に対し機能している。どれも旨い。こんな小さく平凡な店で、こんなすばらしい料理が出てくるとは誰も予想はしないだろう。店主はおそらく余程の料理愛好家、いや、もしかすると昔はもっと大きな店で働いていたのではないか。そんな事まで勘ぐりたくなってくる。
 さて私の箸はとうとう双璧と呼べる二つの惣菜のうち、エビフライへと伸ばされていた。副菜があまりに旨く、すでにライスの半分が胃の中へ消えているが食欲の火はまだ燃え滾っている。
 三本のエビフライは小ぶりだが衣がきめ細かく、上にかけられたタルタルソースは自作のように見える。香りが良いのはタルタルに入っているピクルスのものだろうか。早速口内に運ぶとピリっとした刺激が舌を刺した。待て! これは、ただのタルタルソースじゃない!
 ――このソースは刻んだ茹で卵と酢と塩、そしてピクルス、たったそれだけで構成された、マヨネーズを一切使用していないソースなのだ。このシンプルなソースが油っこい筈のエビフライをなんともさわやかに食わせるのだ。そしてあたかもサラダがもう一品増えたかのようなお得感。ちょっとした感動におそわれ、思わず娘さんにサムズアップしてしまった。反応は予想できるので敢えて確認しない。
 最後に残された唐揚げはおおトリを飾るに相応しい味だった。色はほどよい狐色、衣は硬めで、パリパリというよりもカリカリに近い食感だが、肉に柔らかさがあって食べた者に意外性を与える仕掛けになっているようだ。味付けは基本に忠実な醤油系だが、さらに一点だけ味わうものにサプライズを用意してある。衣の下の身にマスタードを絡めてあるのだ。マスタードの後を引かない辛さが食欲を増進させ、私はライスを綺麗に平らげてしまった。
 付け合せのサラダにはヨーグルトにリンゴの果肉が絡めてある。私はふだんサラダに果物など言語道断、据えて八つに切り刻んでやりたい程に憎悪を燃やすタイプだ。しかしこのサラダは違う。それぞれのキャスティングに必然性があるのだ。ふと私は物語を思い浮かべた。ヨーグルトソースという甘酸っぱいストーリーを潤滑に運んでゆくために必要なキャスト。レタス、大根の細切り、かいわれ、ごぼう、そしてリンゴ。ヨーグルトソースという脚本を最後に締めるために必要な助演がリンゴなのだ。私は心のなかでアカデミー助演女優賞をリンゴに贈った、仰々しいハグとともに。そして食べた。美味い!
 
 ――至福の一時とはまさしく刹那のうちの事に過ぎない、しかしその記憶は私の脳に残り続ける。
 私はごちそうさまと言うと七百円ちょうどをカウンターに置いた。
「ありがとうございます」
 店主は一貫して慣れた調子だった。娘の方と言えば軽くお辞儀するだけ。ふと夢が覚めた心地になった。
 私は特別な客ではない。どこにでもいる、何色でもない、ただの腹を減らした人間に過ぎない。幻想の終わったような思いが湧いてきたが何も悲しむ事はない、腹が減ればまた食べに来ればいいのだから。椅子から腰を上げて狭すぎる通路へ出る。そこでふと先ほどの疑念がぽっかりと浮上した。
「そういえば、お店の名前って『パラヤ』って読むんですか?」
 口に出してそう訪ねてみたが――あれ? 反応は、まさかのキョトン顔。慌てて私は自分のフォローに入る。
「あの、『原』の横に小さい『○』があったじゃないですか。それで『パラヤ』って読むのかな、って」
 なぜ私がこうも見苦しい弁解をせねばならないのだ。
「……ああ。……ああ、そうね。そうも読めるかも」
 店主の反応の弱さにガラガラと私の何かが崩れそうになる。胸中で泣きそうになりながら私は何と呼ぶんですかと尋ねた。
「ハラヤです」
 そんままかよ。何のひねりもなしか。最後になって大きな落とし穴があったものだ。じゃああの『○』は何だったんだ? 私は白昼夢でも見たのだろうか。だが白昼夢にしてはあまりにも下らないじゃないか。
「この子が結婚してマルヤマになったんで、○書いたのよ」
 それだけ言うと店主は皿の片付けに入った。やっぱり下らない。しかも結婚だって? あの子そんな歳だったの? そう思って娘さんを見返そうとしたが、やめておいた。それは次の機会にとっておくのも良い。軽く会釈して私はオーク色のドアを開けた。
 最後に店の看板を確認すると、『○』の上には可愛いカタカナでちゃんと『マル』とフリガナがふってあった。


 

2013年2月1日金曜日

柳町ゲートキーパーズ


 門司駅前の交差点で信号待ちの途中、上着のポケットから携帯をとり出した。
 着信を確認したが、まだ是武(これたけ)からのメールはない。
 三十分ほど前には黒崎駅に到着した旨のメールが届いたが、おそらく今頃は無事に門司駅に着いている頃だろう。
 ――同じ門司の市営団地に住む幼馴染みで、小・中学校時代の同級生でもあった是武とは数年前よりたびたび旧交を温める仲となっていた。今では二人とも門司区を離れ、俺が北九州市戸畑区、向こうが広島市内に在住しているので旧交はもっぱらネット経由での保温となる。しかも温め忘れて三・四ヶ月冷ましてしまう事もざらにあったが、途絶える事なく不定期的に連絡を取りあっていた。
 その是武が『姉ちゃん』の呼びかけもあり北九に帰って来る運びとなったのは一週間ほど前の話だ。是武はそれま勤めていた会計士事務所を辞めた直後で、どうやら永犬丸(えいのまる)の実家を拠点にして北九州市内の職を見つけるつもりらしい。

 時間は午後六時を少し過ぎており、日が沈んだ後の門司駅前は街頭と信号、慌ただしく往来するヘッドライトのせいか、赤茶色で現実味の薄い、どこか玩具でできた街のように見える。
「おう、アッちゃん」
 いきなり駅とは反対方向から声がかかったので少々驚いたが、是武だった。そんな名前で呼ばれるのも今では家族を除けばごく少数の幼馴染に限られるものだから少しばかり懐かしい。
「早いやん。遅かったら駅舎まで迎えに行こうかち思っとった」
「黒崎着いたら丁度いいのが来たけん飛び乗った」
「ヒゲ生やしとる」
 顎髭に手を伸ばしたが上手いこと払われた。ほぼ一年ぶりに会う旧友は全体的に少し痩せたように見える。
「――それで『姉ちゃん』とは連絡ついとるんか?」
「さっき電話したら『七時には開ける』っち言いよった」
 俺の返事に是武は髭つきの顎を上げてカクカクと頷く。そういえば子供の頃からこいつはそういう偉そうな首肯の仕方をしてたっけ。
「時間は俺に合わせてで本当に良かったんか? 俺は姉ちゃんの都合のいい日取りで構わんのやけど」
「本人がええっち言いよったんやけ、ええっちゃ。今から手土産買うけん寄り道するぞ」
「どこで?」
「こっからちょっと行った先に『六法焼』があるけ」
「ショボいなー」
 やかましい、と言い捨ててから信号を渡る。

 『六法焼』で回転焼きを六個ばかり買い込んだ俺たちは、そのまま裏路地を小倉方向へと進む。
 空は生憎の曇天で、おまけに昼まで雨が降ったため湿気もあり世辞にも心地いいと言えない夜だ。手に提げていた六法焼の紙袋もゆっくりとだが熱を失ってゆくだろう。
 『六法焼』は店舗の名前も商品名も『六法焼』だが、このタイプの饅頭を六法焼と呼ぶ者は俺の周囲では少数派だ。呼ぶならおおむね回転焼きか、いいとこ回転饅頭といった所だ。たまに『今川焼き』や『大判焼き』などというスカした名称で呼ぶレアなケースも聞くには聞くが、幸いにして俺はまだ出食わした事がない。
「姉ちゃんは相変わらず?」
 六法焼について考えていたが是武の声に遮られた。
「変わらんみたいやな、結婚もしとらん。彼氏おるんかは知らんけど」
 俺の答えに是武はふうんと生返事をしたが、その複雑な表情を見逃す俺ではない。
「多分お前じゃムリやち思うぞ」
 心を抉るかのごとき言葉のボディブローを浴びせると旧友は狼狽えたように「しゃあしいわ」と呟いた。

 ――俺たちが『姉ちゃん』と呼んでいる人物は俺や是武の姉の事ではない。
 『姉ちゃん』とは、むかし俺達が住んでいた市営団地での幼馴染、忍さんを指す。俺と是武より一歳年上だが幼稚園小学校中学校と全て一緒、気の強いある種のオーラを持った女の子だった。幼かった俺と是武はおそらく畏敬のような思いまで込めて彼女を『姉ちゃん』と呼んでいただろう。是武は中学で引っ越してゆき団地を去ったために一時付き合いが途切れたが、俺と忍さんは親同士が高校時代の親友とかで古くからの親交があったために親戚に似た付き合いがあった。それは今でも変わらず、たまに話す程度の付き合いは維持されていた。あくまで親戚のような付き合いという点が少しさびしいが。

 小さな居酒屋や一品料理屋といった昭和の北九州の情味を残す門司区柳町の路地を三分ほど歩くと月極駐車場の向こう側に灰色の小さなビルが見えてくる。懐かしい思いがぶわりと沸き返ってきて堪らない。
「あれな」
 俺が指さすと是武は意外そうに「あんまし、変わってねえな」とだけ零した。
 小さく『井関ビル』と装飾された外壁は少し汚れが目立ち、年季を感じさせる。その一階部分は小料理屋で、これまた昭和チックな外観をした店構えだ。たぶん店舗自体は入れ替わりがあった筈だが、不思議と雰囲気は変わらない。そんな気がする。
 外からちらりと店内を覗いたが、スモークの張られたサッシの内側は客の影がまばらに見えるだけだった。その小料理屋の左手に間口の狭い階段があり、俺はそこを登るよう是武を促す。幼馴染は明らかに怯んだようだった。
「アッちゃん、ここで逃げたらいけんよな」
 失笑とともに俺の方へ振り返った旧友の顔にはどこか不安の色が見える。そういえばこいつ、昔もそんな事言ってたっけ。
「いけん」
 そう俺が笑ってやると観念したかのように是武は階段を登りはじめた。
 階段は照明が弱く、少し薄暗い。おまけに狭いので微妙なプレッシャーを是武に与えているようにも見える。二階の踊り場には更に三階へと続く階段が伸びていたがその先は完全に照明が落とされており、まるで果てなき闇といった様子だ。左方向には鉄製扉が行く手を遮っており、その奥に『姉ちゃん』はいる筈だ。是武がドアのざらざらした表面を手で触れる。
「なんか団地思い出すな。こういうの」
 ぽつりと零す。そこでかよと思いつつ、とりあえず俺も乗ってやる。
「そういや丁度こんな感じだったよな」
 俺も是武も今では団地を離れて暮らしているから微妙な郷愁を感じる事は確かだ。しかし失笑してしまう。こんな薄暗い所で郷愁に浸るなどまるで馬鹿ではないか。照れ隠しもあって「はよ行け」と俺は是武の背中を押した。
「いや、ここっちインターホンとかなかったっけ?」
「ないけん。叩け」
 言うより早いと俺がドアをガンガン叩く。どう見ても是武のやつは怖気づいている。
「こんばんはー、田中です」
 硬いドアに向かって声をかけると「はーい」という小さい返事があった。構わずにドアノブを回すと鍵はかかっておらず、思いのほか軽く扉が開いた。
「こんばんはー」
 俺に続いて是武が控えめな声で挨拶する。部屋の中がちゃんと明るい事に少しは安心したようだ。ドアノブが俺の手を離れていっぱいに開かれると見知った顔が現れた。
「こんばんは。ユキくん久しぶり」
 ユキくんとは是武の幼い頃の愛称だ。目の前の女性・忍さんは入って入ってと俺達ふたりを招き入れる。俺への挨拶はスルーだが、それは別に俺が嫌いという意味ではなく親戚のような気安さゆえだ。
「どうも、ご無沙汰してます」
「元気やった? おばちゃんたちは変わりない?」
「お陰さまでみんな元気です。こっちに帰ってからお袋が毎日うるさいですけど」
「久しぶりに親孝行できるっち思ったらいいやない」
「いやぁ、親孝行はまだちょっと厳しいですね」
 そう言って忍さんと是武は笑う。
 ――如才のない事を言って社会人の顔で笑う是武を見ていると、いっぺんに時の流れを感じて妙な気分だ。同い年なのに、知らないうちに大きくなりやがって、などといった父親めいた感慨が湧いてくる。同時にほんの少しの寂しさもあるから、まったく不思議なものだ。
「姉ちゃん、これ買ってきたけん食べようや」
 『六法焼』改め回転焼きの紙袋を俺が出すと、忍さんはやけに真面目な顔で「それは後にせん?」と言って俺を見た。まあそれもいいか、と思った。
「忍さん、ここ買ったんですか?」
 井関ビルの二階フロアはさして広くはないがオフィスとして利用するには手頃な間取りだ。しかし実務的なものは一切置かれていない殺風景な眺めから察するに、おそらく『入り口』としてのみ利用しているのだろう。二十年前もこの廃屋のようなこの佇まいから俺と是武が冒険心を刺激されて踏み込んだのだ。
「ここはビルも含めて全部母の名義になってるから」
 そりゃあそうでないとな、と俺は頷いた。地下にあんなものがあるんだし、入り口もあんな風になっているのなら賃貸なんて危なすぎる。俺がそう言ってやると是武はあっさり納得した。
「もう二十年になるんですね」
 あたりを見回して是武が感慨を込めて言うと何やら色々とこみ上げるものがある。あの頃ただの小学生だった俺たちはすっかり歳を取ってただの大人になった。特別な何者かになれると信じていたあの頃の俺たちはもうどこにもいない。
 それでも俺と是武はここへ帰ってきた。忍さん、いや『姉ちゃん』の元へ。
 忍さんは是武を、次いで俺の顔を見つめると言った。
「ユキくん、アッちゃん。おかえりなさい」
「ただいま、『姉ちゃん』」
 二十年の時間を一気に遡ったような気分になる。湿っぽくなりそうだったので俺はわざと声を高くした。
「じゃあ始めよっか」
 それが号令となった。
 フロアの右隅の壁には小さな鳥居を象った刻印が彫られてある。
 その事を確認した是武が壁の切れ込みを押すと一枚だけ壁板が外れて木製の引戸が現れた。そこを開けると二十年前のとおり、ぽっかりと穴が空いている。
「……建物は古くなったけど下は何も変わってないから、心配いらんけんね」
 そう言い残して忍さんが穴へと飛び込んだ。
「変わりないっち言われてもな……」
 怖いよな。是武が床に空いた穴を覗きこむ。小学生の頃ここから落ちたのはただの事故だった。だが今は意を決して飛び込まなければならない。
「こんなとこ飛び込むっちゃ、いよいよいかんくなった時くらいっち思っとった」
 それはつまり自殺という事か。そう察した俺は眉を逆立てた。
「はよ行けえや」
「分かっとる、分かっとるっちゃ!」
 俺に背中を蹴られる前に是武が穴へ飛び込んだ。その直後に俺も飛び込む。
 暗闇の中、風を切る凄まじい音が耳を聾した。穴の中は急勾配になっており俺たちはどこまでもどこまで滑り落ちてゆく。低い悲鳴が上がったが、あれは多分是武だろう。そう冷静に思ったが俺もずっと悲鳴を上げていた事に気づいたのは地下に到着した後だった。
 隣には是武が四つん這いになって呼吸を整えていた。どうやら悲鳴を上げていたのは本当らしい。俺は腰が抜けていた。
「……きつい」
 俯いたままで是武がそう零す。確かにきつい。二十年前はもっと楽しい心地だったと思うが、もしそれが記憶違いでなければ子供時代の俺たちは少しおかしい。
 俺たちが辿り着いた場所は『もんじの関』と呼ばれる『御社』だった。相変わらずよく分からない所だ。照明器具など一切設置されていないのに壁面全体がぼんやりと光っていて、先が見渡せる程度に明るい。
 板で組み上げられた宮方(みやかた)と呼ばれる小さな祭壇。その手前には畳が三枚ほど敷き詰められている。異常と言えばかなり異常な光景だ。
「二人とも着いたね」
 俺達の前に現れた忍さんは既に着替えを済ませていた。いつの間に、という早業だが確か前回もそんな風だった。そして今回も俺は空気を読んでそこには触れない。
「やっぱりその格好するんですね」
 ようやく背を伸ばし立ち上がった是武が忍さんを見て言った。忍さんは白い柱袴(はしらばかま)に白い水干(すいかん)、黒い高烏帽子という神職独特の装束に身を包んでいる。よく正月に見かける神社の巫女さんのように白衣と緋袴ではない点が特徴的だ。
「一応ここの神官やけんね」
 水干の袖をピンと広げる忍さんは少し自慢げに見える。その仕草がちょっとばかり少女ぽかった事で俺は不覚にもときめいてしまった。そしてすぐさま十年前の失恋の傷が鮮やかに疼きだす。これだけは是武にも話していない秘密だ。
「……前はたしか巫女さん装束やったね?」
 心の傷を表に出さぬように俺はいつもより調子を上げて忍さんに尋ねた。
「結構前に母さんの跡継いだけんね、今は立派な神主」 
 忍さんの答えに是武が俺と同時に「へえ」と声を上げ、その直後ハタと俺へ向き直る。
「お前も知らんかったんか」
「『内向きの話はしたらいけん』っち決まりやったやないか。お前が忘れとうだけっちゃ」
 そう言ってやると「そうやったっけ?」と是武は首を捻った。そういえばこいつはいち早く引越ししていたんだった。
 しかし神社といえどこれほど風変わりな神社もない。俺は二十年ぶりに訪れる『御社』を見渡した。
「千仏鍾乳洞に似とるね」
 ぽつりと洩らした独り言に忍さんが反応した。
「平尾台の? そう言えばそうね。こっちは狭いけど」
 鳥居はあの井関ビルの壁、御社は鍾乳洞。改めて考えるとかなりシュールな光景だ。二十年前は何も知らない子供だったから冒険心と好奇心だけで動けたが、今となっては疑念や不安といったものが鎌首をもたげてくる。
 
 陸と海の境界であり本州と九州の境界だった北九州は、かつて陸と海の要衝として幾度もの戦乱の舞台となった。
 ここ門司は、遥かむかし『もんじの関』と呼ばれ、現在の下関市である赤間関と同様に海の玄関口として利用され、近代化を遂げたのちは港町として大いに発展してきたのだった。
 だが実際に俺たちが二十年前に体験したそれまでの現実を破壊するような体験を経て、俺達の門司に対する認識は変わった。平安の世に『もんじの関』と呼ばれた関はここ、柳町の地下深くに眠っている。それも関は関でも海の関所ではなく、この世とあの世の関所としてだ。忍さんはこの『もんじの関』を守る門の司。わかりやすく言うなら門番、ゲートキーパーだった。
 悪鬼悪霊を関の向こうへと追い祓うゲートキーパー。俺と是武は二十年ぶりにその忍さんの声掛かりでゲートキーパーを努めにやって来たのだ。
「今日もやっぱり、ナントカの魂を呼ぶん?」
「守御霊(まもりごりょう)な。覚えとけや」
 石灰石の壁を撫でながら是武が偉そうに言うのでちょっとムカついた。さっきまで約束の事きれいに忘れとった癖によう言う、と胸中で愚痴る。
「……その守御霊の力っち、本当に意味あるんかな? この二十年色々あったけど、良い事より悪い事ばっかり思い出されるんやけど」
 宮方へ榊を捧げていた忍さんが振り返る。この二十何年かを門の司として生きてきた彼女としては絶対にいい気分はすまいが、全部言ってしまわねばこっちも後味が悪い。
「――ホラ、この二十年の間に大きな災害はようけあったしさ、テロもあったし、景気なんか全然ようならごとあるし」
 是武が何も口を挟まないのはある程度俺と同じ事を考えていたからだろう。
「じゃあやめる?」
 忍さんの答えは素っ気ない。
「――でもね、アッちゃんと違ってこの『もんじのせき』に集まって下さった守御霊さまはそうは思ってはいらっしゃらないみたい」
 宮方の前の板台に置かれた御幣(ごへい)が風もないのに揺れていた。
「門司は九州と本州の境界で、海と陸との境界でもあったけん戦争が多かった。門司周辺で亡くなられた御霊はその恨みや無念を鎮めたもうた後でかかる災厄から守ってくださるよう力を貸してくださっている」
 忍さんの声に合わせてどこからともなく太鼓の音が鳴り始めた。初めは鼓膜を擽る程度だった太鼓はゆっくりと音量を増してゆく。
「『もんじの関』を守り、悪しき災霊におかされぬよう、妙なるおちからをもって――」
 なんだか忍さんの様子がおかしい。
「――もろもろのまがごと、つみけがれあるをきよめたまへ、はらいたまえへ――」
「……忍さん?」
 おそるおそる是武が声をかける。急に口調が変わった忍さんは手にした御幣を左右に振って祝詞を上げ続ける。
「――たふときみたま、やぬちおだひにみをまもり、ひをまもりよをまもり、みめぐみをたれたまふを、たたへまつりいやびまつり――」
「なあ、ちょっと?」
 俺がそっと横から顔を除くと忍さんの端正な顔は血の気が引いたように白くなっていた。これはまるでトランス状態じゃないか。ナショナル・ジオグラフィックTVの番組でアフリカのシャーマンがこんな風になったのを思い出した。太鼓の音は荒れ始め、さらに笛の音も加わった。大積天疫神社の大積神楽のようだ。しかし誰も面をつけて踊ったりしないので神楽と呼ぶのは違うだろう。
「おいアッちゃん……どうすんの、これ」
「ちょっと様子見とこうや」
 迂闊に触れるのも怖い。俺たちをよそに太鼓と笛も盛り上がりつつある御社の中で、抑揚のない忍さんの声が鍾乳洞の壁にくぐもって反響する。
「――いかしきあらみたま、ひとのちからにおよばざるもろもろのわざわひをとほくはらひふかくしずめ――」
 玄妙、と呼ぶべきなのか定かでないが太鼓と笛の音の中で祝詞を上げ続ける忍さんの姿はどこか荘厳で美しかった。現実感が褪せているのも相まって、このまま忍さんに付き合うのも悪くないような気がしてくる。……たとえこれから俺達のやる事に何の意味もないのだとしても。
「――ゆくりなきこころよわりをみゆるしたまひ、いさみたたしたまひて、つよくおおしくまもらせたまへ……」
 祝詞の声はゆっくりとトーンを絞られゆき、最後に忍さんは宮方に向かって緩やかに拝礼した。ひたすら不安に苛まれながら祝詞を聞いていた俺たちはとりあえずほっとした。
「終わったっぽいな」
 そう零した是武に頷く。忍さんは丁寧に拝礼を繰り返したあとでやっと俺たちへ向き直った。目がちょっと怒っているように見えるのは俺の錯覚などではないだろう。そう思った途端に忍さんに腕を引っ叩かれた。
「あいた!」
 大げさに痛がって腕をさすったが忍さんは真剣なようだ。
「アッちゃんがあんな事言うけん御社の気が乱れたやん」
「……『気』って」
 一般生活に馴染みのない単語が出てきたので俺は一瞬ぽかんとしてしまった。
 なんて稚く、漫画っぽく、そして甘美な響きなのだろう。気。しかし考えてみれば俺達の現実は二十年もむかしにその稚く漫画っぽい世界へと繋げられてしまったのだ。
「……俺が弱気吐いたのがいかんっちこと?」
「そりゃそうよう。守御霊さまは今もこうして、あたしたちを見ていらっしゃるんやけん」
 この忍さんの言葉に乗っかるように是武が笑った。
「弱気はいけんぞ」
「しゃあしい」
 不思議な事にそれまで俺の胸中に渦巻いていた疑念や不安はすっかり取り除かれてしまっていた。これが『御社』の気を鎮めた祝詞の効果なら大したものだ。
「そろそろ良いね?」
「……お手数かけます」 
 語気に鋭さがあって俺は完全に怯んでしまっていた。元気のない返事にかつての『姉ちゃん』の血が騒いだのか
「シャンシャンせんね! 男やろ!」
 忍さんが叱咤の声を上げた。いい年こいてこんな風に言われるのは結構つらい。
「すいません。もう大丈夫です」
 有無を言わせぬこの空気。不安や疑問をぴしゃりと吹き飛ばすオーラとでも呼ぶべきこの気迫。確かにそうだ、二十年前と何も変わりがない。 
 忍さんは再びゆっくりと拝礼する。その途端にふわりと身体が軽くなった。
「もう始まってる?」
 声に出そうとした。しかし俺の声はなぜか遥か遠くで鍾乳壁に跳ね返ってぼわんと反響した。違和感に気付き足元を見下ろすと、俺の身体が棒きれのようになって畳の上に転がっている。その様子をとなりで見ていた是武はあわてて畳の上にあぐらを組んで座る。なしてお前はそんな余裕あるんかちゃ、ズルかろうが。そう発した意識は拡散する前にすぐに霧となって消えた。
 ――俺の霊魂はすでに守御霊の中へと取り込まれていた。
 まるで地の厚い毛布にでも包まっているかのように温かい。繊維のように数限りなく編まれている古き御霊の思念が俺を完全に守り、包み込んでいるのだ。
 その中で、俺は俺の思念が守御霊のそれと混交し、雑多になってゆくのを感じた。数多くの意識、感情、そして荒々しい歴史の濁流が通り抜けてゆく。忍さんへの片思いや是武への心配も今は余計だった。澄み尖ったただの守御霊となるべく『俺』の魂はより鋭くより自然な形へと削ぎ落とされてゆく。『俺たち』の澄み尖った魂こそ守御霊が悪鬼悪霊と戦うために必要な素材だからだ。
 もんじの関の石壁を守御霊は突き抜けた。それと同時に守御霊は二つに分かれた。『是武』は『俺』に追いついていた。だがそれも、かつて是武であった霊魂と呼ぶにすぎない守御霊の一部だ。
『この関をうまいこと守り通したとしたって、こんなバカみたいなこと誰にも自慢できんな。それがちょっと悔しいわ』
 守御霊から削り落とされた霊の欠片がそう笑った。
 和御魂を強め守御霊は闇を切り裂いてゆく。『俺たち』の旧友だった神官は無心に祝詞を捧げている。その声が力となる。それを強く感じる。既に此岸を超え、守御霊は異界へと突入していた。高度を上げて闇を突き破るとそこには何の異変もない北九州の夜景が広がっている。守御霊は巨大な大鷲に姿に変え、青く光る炎を夜空へと吐き出した。黒雲の群がってゆく遥か彼方で目を晦ます凄まじい光が炸裂する。
『何もいい事なんかないんかもしれん。俺はこれが片付いてもハロワ通いやし』
 守御霊の片方から霊が散ってゆく。
『そうかもな。でもさ是武、俺は今日ここに来てよかったーっち思った』
 守御霊は光弾を次々に吐き出してゆく。羽ばたきと同時に数々の霊の欠片が撒き散らされる。
『もし、うまくいったら。こんなふざけたこと誰にも言えんけど、ちっとは誇りみたいのが持てる。今よりは前を向いて生きていけるような気がするっちゃ』 
『世界を守ったヒーローやけんな、俺らん』
 戯れるように翼を叩き二羽の守御霊はより深まってゆこうとする闇を切り裂くかのように飛翔し、光弾を撃ち込んでゆく。





*ちょっと誤字脱字修正しました

2013年1月28日月曜日

菓子枕


 その夜、どこか遠くで鳴っている鐘の音をききながら、暗い寝室に敷かれた冷たい布団に入り横たわろうとすると、幼い娘が追いかけるように入ってきて、熱くて少し湿っぽい身体を私のお腹のあたりにおしつけ顔を見上げてきた。
 にしし、とでも言いたげな悪戯な顔をしているので、どうしたんだと尋ねてやると、何も言わずに私の上体を倒そうとする。それに逆らわずおとなしく横になると、枕の感触がいつもと違う。抵抗なく頭が布団のほうまで沈んでしまい、埋もれた耳がなにやらがさごそとくすぐったい。
 枕に何かしたんだな、何これ、と言いつつ起きあがり枕を調べると、中の綿が抜かれて、なんとポップコーンがぎっしり詰まっているではないか。
 どうやら私の枕の隣に置かれた娘の小さな枕も同様にポップコーン枕になっている様子で、食べ物で悪戯をしてはいけない、と叱ろうと娘に向き直るが、娘はわりに真剣な様子で、お菓子の枕で寝るとよい初夢が見られるの、Sちゃんが言ってたのと言いつのるので、私は何も言えなくなってしまった。
 世間に私と娘の二人きりの縁しかない私たちだから、娘がときにさびしさから、すすり泣くような夢を見ていることを私は知っていたのだ。仕方ないな、じゃあよい夢を見よう、と横たわると娘はうれしそうに私の身体に身をすりよせ、ずりずりと胸のほうまでよじのぼりながら自分の小さな枕に頭をあずけ、いつものように意味不明なひそひそ話を始めるのだった。
 それを聴きながら私は眠り初夢を見たのだが、それは幼稚園の制服に赤いお気に入りのポシェットをたすき掛けにかけた娘が、大きなポップコーン製造器の中で楽しげに回転している夢だった。プラスチックの透明な円筒の向こうで、ざらざらと音をたてるポップコーンにまじりながら大はしゃぎで自分の周囲のお菓子を食べつつ廻る娘は見たこともないほどにかわいらしく、私は愛情と誇らしさで円筒にべったりと張り付きつつ手を振っていたのだが、ある時なにかの拍子にポシェットの紐がポップコーンを回している突起に引っかかったらしく、製造器がびりびりと急激に振動しはじめるなか、娘は満面の笑顔のまま身体を横倒しにしてゆき、あっというまにポップコーンの波の中に見えなくなってしまったのだった。
 そこで目を覚ました私は幸福なのか不幸なのかわからぬ初夢にぼんやりしていたが、ふと娘の身体が自分のそばになく、何か細かい粒のようなものが自分の半身に降り積もっていることに気がついた。
 かすかな窓からの光の中、布団をめくってみると、そこにはちょうど娘の身体ぶんのポップコーンが、私に寄り添って寝る娘の形をしたまま積まれていて、触れるとさらさらと崩れ、香ばしい塩の香りだけがほの暗い寝室に立ちこめた。私はなすすべもなく呆然とポップコーンを見つめていたが、やがてとりかえしのない喪失をしてしまったのだという実感が全身を襲い、自分の顔の形が変わるほど涙があふれ出てきた。結局、泣きながら娘のなごりのポップコーンを全て食べ、枕の中まで食べ尽くす以外、出来ることとてなかったのだ。

 それ以来天涯孤独となった私は転々と職を変えながら失われた娘を哀しむ日々を送ってきたのだが、しかしいつのまにか、娘を思い出そうとしても、強烈に脳裏に蘇るのは横たわる小さな人の形をしたお菓子の山の映像だけになってしまった。娘の顔さえ定かに思い出せず、なぜかずっと残っているのは、あの時食べたポップコーンのしゅわしゅわする食感と涙まじりの塩味の記憶だけなのだ。そうなってから何年も何年も経ち、故郷からはるかに離れておそろしいほどの年月を過ごしたあとで、冷たい部屋でこの文を書きつつ、私はやっといま、自分は決定的な間違いをしていたのではないかと気づきはじめている。
 私はもしかしたら、とある大晦日にポップコーンを食べながら眠り、いるはずもない娘を初夢に見た、はじめから天涯孤独の人間なのかもしれない。

※第一回てきすぽ杯に参加し損ねて悔しかったので、お題の「初夢・振動・ポップコーン」で書いてみました。ただし一時間以上かかってます。

2013年1月24日木曜日

よに放つ

ちいさなあいをみがいて
よに放つ

はこのなかに
ぎゅうぎゅうにつまったそれらの
ましなカタチをしたものから
ひとつずつ取り出し

在庫を
どんどん消費して

はこの底に眠る
大きすぎるあいを
くさりかけたあいを
なるべく見ないように
仕事をすすめる

いつか
はこのなかを
からっぽにできるように

ちいさなあいを
よに放つ

2013年1月17日木曜日

機械

現象は私の中を通過していく
私は物語を生成する機械になる

関わった人は
みんな物語にされちゃうよ
閉じ込められて永久に生き続けるんだ

黙々と飲み込み消化していく
物語から物語を作るなんて無粋なことはしない
生き物から食肉を切り出すように
私は体験から物語を作る

人と関わることで孤独は増していく

泣くときは独りがいい
物語に涙を注ぐように

私は物語を作る
死ぬのはそのあとだ

2013年1月16日水曜日

第一回 てきすとぽい杯

2013年1月28日(月) に、結果発表を行いました。
   http://text-poi.net/vote/5/overview.html
また、Pubooにて、第一回てきすとぽい杯の作品集を公開いたしました。
(Web閲覧のほか、PDF形式/ePub形式/mobi形式でダウンロードできます。)
   http://p.booklog.jp/book/65264

たくさんのご投稿、審査・感想、チャット会へのご参加、誠にありがとうございました!
第二回も2月中旬頃に予定しておりますので、ぜひそちらへもご参加くださいませ。



2013年1月19日(土) 22:30より、第一回てきすとぽい杯 を開催いたします。
  会場 : http://text-poi.net/vote/5/
  お題 : 三題「振動」「初夢」「ポップコーン」
      これらの言葉を、タイトルまたは本文で使用してください。

制限時間1時間の間に、お題に沿った小説を書いて投稿してください。
お題は、開始時間になりましたら、上記の開催ページやてきすとぽいTwitterてきすとぽいGoogle+にて発表いたします。
お題発表より1時間で執筆、その後15分で推敲&投稿してください。
締切は同日23:45頃になる予定です(お題発表時刻により、若干前後します)。

締切直後の 1月20日(日)0時 ~ 1月27日(日)24時 までの間を、投稿作品の審査期間といたします。
審査方法は☆5段階評価で、てきすとぽい のアカウントをお持ちの方ならどなたでも、投票することができます。
個々の作品に感想ページもございますので、作品を読んで感じたこと、☆投票では表現しきれない評価など、ありましたらなんでも、お気軽にご記入ください(無記名の場合、アカウントは不要です)。

票の集計方法は☆評価の平均で、最も多くの☆を獲得した作品を 「大賞」、以降3作品前後を 「入選」 といたします。

投稿期間にご都合の付かないかたも、ぜひ、審査にてご参加ください!

※時間外に投稿された作品、お題を満たしていない作品も、投票や感想は同じように行えます。
 ただ、結果発表の際に、入賞などからは外させていただくことをご了承ください。


また、1月26日(土) 22:30頃より、同じページで感想チャット会など開いてみようかと考えております。
お時間ご都合のよろしいかたは、そちらにもご参加いただけましたら幸いです。



※てきすとぽい杯に投稿するには、てきすとぽい へのアカウント登録が必要になります。
 当日は時間制限がありますので、アカウント登録は事前に済ませておくことをおすすめいたします!


《アカウントの登録方法》
より詳しくは、てきすとぽいガイドをご参照ください。

1. まず、イベントで著者として使用するTwitterアカウントをご用意ください。
   Twitterアカウントを作成する
2. てきすとぽいのページ右上にある「Sign in with Twitter」を押して、Twitterアカウント名とパスワードを入力してください。
  ※このサインインはTwitter上の処理ですので、ここで入力したパスワードが てきすとぽい に通知されることはありません。
3. 自動的にてきすとぽいのページに戻り、アカウントが新しく作成されてログインや作品投稿、投票などができるようになります。


《てきすとぽい杯への投稿方法》

1. てきすとぽい杯のページを開いて、右上の「Sign in with Twitter」ボタンからログインしてください。
2. てきすとぽい杯のページを中程までスクロールすると、「作品一覧」の一番下に、「作品を投稿する」ボタンがあります。
  これを押してください。

3-1. 初めて作品を投稿する場合、作品の編集ページが表示されます。
   作品タイトルや本文を入力して、
   ・投稿せずに保存だけする場合は「作品を保存する」ボタンを、
   ・直前の保存状態まで内容を戻す場合は「編集を元に戻す」ボタンを、
   ・てきすとぽい杯に作品を投稿する場合は「投稿する」ボタンを、
   それぞれ押してください。

3-2. 既に作品を投稿した、または編集中の場合、編集可能な作品の一覧と、「新しく作品を投稿する」ボタンが表示されます。
   ・投稿済み/編集中の作品を再度編集する場合は、作品の横にある「編集」ボタンを、
   ・別の作品を新たに投稿する場合は「新しく作品を投稿する」ボタンを、
   それぞれ押してください。作品の編集ページが表示されます。


また、お試し投票ページにて、実際の投稿手順を事前に試していただけるようになっております。よろしければご利用くださいませ。

2013年1月1日火曜日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

今年も無計画書房が
ゆるーくほそぼそと続いていくといいなあと思います。

つながったりはなれたり
巣立ったり戻ってきたり

そんな感じでいつでもひっそりと存在し続ける
みんなの居場所でありたいのです。

「いってらっしゃい」
「おかえりなさい」

今年もこれから先どうなるか分かりませんが、
よろしくお願いいたします。

2013年元日 山田佳江

新年のごあいさつ♪ 



とくに なにもしない
毎度 おなじみの 住谷家のお正月でございます。

おせちもないし
着物を着るわけでもないし

お雑煮も
みんなあまり好きじゃないようなので

やめようかなぁ 
おもちもすでに 焼餅は
数日前から食べているし…

と思いましたが
どうしたわけか 
うちのお嬢さんは
そういう あたりまえのことが
好きみたいです。
聞けば家に限らず
最近の子は(もしかしたら この辺限定かもしれないけど)
みんな好きだというんです。

紅白は 日本人として絶対見なくちゃいけないらしいし…
年越しそばは 11時50分くらいから 12時をまたいで
年越ししながら食べなくちゃだし

だけど 好きじゃない人の歌っているときは風呂に入るのはオッケ。
だけど そばは カップめんのほうが好きだからみどりのたぬきでオッケ。

お雑煮は大して好きじゃないけど
元旦にお雑煮を食べないなんてのは絶対ダメだめだめ。

年賀状もきっちり 元旦につかないとダメ。

だけど 自分は31日に出しているので
多分つかないと思われますが その件については?

「それは がんばったけど 枚数が多かったのでしかたなかったし
 とにかく昨年中にだしたし、 私はいいのっ オッケ」

なんだそうです。

そうですか
どうですか
なんですな。

画像は上 最近 少し おしっこや うんちの失敗が減った
歯並びの悪い かにちゃん 

下 かにちゃんの 世話としつけに忙しく手が回らないまま
目に毛がかぶさってきちゃったままにされている
やたら いいこの しろんちゃんです。

本年も よろしくおねがいします♪