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2012年6月19日火曜日

無計画リレー小説 第拾話

あやまり堂

【各話おさらい】
無計画リレー小説について
1話 2話 3話 4話 5話
6話 7話 8話 9話

【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
 古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
 古屋一雄‥‥勇太の父。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
 唯一髪‥‥モヒカン。
 美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。

**********


 美園軍司が敵の大軍へ突入し、真ん中で大暴れしている間、
 勇太たちの前に、すだちの頭を持った少年がやって来た。

「やあ、僕はすだちくん。徳島県のマスコットさ。よろしくね」

 赤いマントをひるがえし、にこにこと笑いながら、緑色の怪人はえっへんと胸を反らした。

「ほら、第六話だったかな。ぎゅうって絞られて、ぱらぱらと空から降ってきたのがあったでしょう。
 あれ、僕だったんだ」
「……」
「何て言うか、別にこの形を取る必要はなかったんだけどね。
 でもさまざまな条件で、僕はこの姿になった。展開によってはミニスカートをはいて、
 惜しげも無く太ももをさらす萌えキャラになっていたかもしれないけど……、仕方ないね」

 彼方では、美園軍司が金色の光を帯びながら、化物どもを次々と打ち据えている。
 一撃で、数十人の敵がぶっ飛んだ。
 ネギに白菜、大根、苺。軍司が振り回すたび、敵がボコボコだ。
 もう、何が何だか分らない。

「強いね、彼は」
 すだちくんは言った。
 二人の困惑など完全に無視している。
「君が考えたのだから、美園軍司が無敵の超人になるのも当然さ。
 でもそれで、次はどうするんだい? もちろん、このまま終ることもできる」
「どうするって……?」
「みんな飽きちゃったのか、手に負えないとしたのか、とにかくリレーが続かなくなっちゃったからね。
 僕はそれで出てきたんだ。このまま尻すぼみで消えるのは、僕としては気持悪いからね」

「そんなこと……」
 私たちに分るわけがない、とさおりは言った。
「私たちは無力だから」
「そうだね、無力だ。でももちろん僕だって無力さ。誰かが続けてくれないと先へ行けないのだから」
「でもこんなことは前にもあった。六話から七話に進むのに、一ヶ月半もかかった」
「それは違う。その期間は、書き手の中で物語の展開、つまり無計画性が揺れていた時間だ。
 次の書き手が一ヶ月も名乗り出ないのは、今回が初めてだよ」

「すだちくんは――」
 勇太が呼びかけると、途端に白目を剥いて振り返った。
「あ、呼び捨てか?」
「……」
 勇太、さおりと目を見合わせて、
「えと、すだちくんさんは――」
「うん、何だい?」
「何ていうか、上位の存在なの? メタ存在っていうか……」
「意味が分らないな。僕は単にこの世界で語られているものに過ぎない。
 複数の階層に存在する複数のジョイスも、あそこで戦う軍司も、君の祖父の繁も、
 結局は、語られている世界内の存在に過ぎない」

 すだちくんはすべてをひっくるめて、解決しようとしている。
 強引に。

「ここで物語を終えるなら、そうだね、美園軍司はあのまますべての敵を撃破して、
 ついでに世界の殻も破って外へ飛び出して行くだろう。
 あるいは唐突に巨大化した君が、世界を崩壊させても良い。君たち二人の愛で世界を包むことも可能だ。
 つまり僕という存在が現れた以上、この世界はどういう要素をもとにしても、終ることができる。
 むろんそれは、第二話で提起された『勝つか負けるか』という観点からは『負け』になるけどね」

「じゃあ、終らないことにしたら……?」
「物語が続くのなら、僕はこの世界を浄化する。
 僕の香りなら、前に怪物を退治した時みたいに、この混沌とした世界を清めることができるからね。
 当然、それをひとつの終りとすることも可能だ」

「そう、すだちは香り……」
 さおりが呟いた。
 かすかに、喘ぐように。
 青果店の娘として、父親が戦うのを見ていられないのかもしれない。

 肩をふるわせ、前へと進みながら、
「すだちは、香り成分が多く、深いのが特徴。
 レモンを遙かにしのぐ、そのすがすがしい香りは12種類のモノテルペン類の複合香からなり、
 他の柑橘類には含まれない『スダチチン』『デメトキシスタチチン』さえも含んでいる……」

 そしてさおりは泣いた。
「お願い、すだちくん! この世界を、すだちの香りで満たして!」
「了解だ。じゃあ、きっと誰かがまた続きを書いてくれることを祈って、僕は僕を絞るよ」
 そう言うと、すだちくんは右手を高く掲げ、ぴょんと飛び上がった。

 そう。
 彼はもともと、東四国の国体キャラクターに過ぎなかった。
 暫定的な存在。
 それどころか、応募1574作のうち、一次審査で落とされたキャラクターなのである。

 だが見出されるやたちまち人気者となり、今や全国的な知名度を誇るに至った。
 東京、目黒のさんま祭りにもこの十年ほど、毎年登場している。

 ちなみに宿敵は、かぼすちゃん。
 大分県特産の、紛らわしい奴である。

「すだち、シャワーッ!」

 上空で、すだちくんが両手両足を伸ばし、叫んだ。
 そして空中でぐるぐる急速回転し始めると同時に、戦場へ雨が降り注ぎ、
 すっぱい、強い芳香が広がるのである。

「アルファ・リモネン……」

 さおりが呟いた。
 頬を伝うのは涙か、すだちか。

 リモネンの醸し出す香気には、心気を整え、ストレスを緩和する効果がある。
 そして柑橘類が持つクエン酸には、疲労回復、美肌効果があった。
 すなわち、すだちの香り広がる戦場に、やすらぎが訪れた。

 おぞましい世界がおだやかに、安らかに沈んで行く。
 勇太たちを取り囲む大軍勢も、それと戦う軍司の姿も、曖昧に、あやふやに消えて行く。
 世界が消える。


 ……やがて勇太たちは、あのなつかしくも陰気な古本屋に戻った。

 そこはつまり、終幕と継続の狭間である。



( )











※作者註:かぼすちゃんは、存在しません。

2012年5月12日土曜日

無計画リレー小説 第九話


【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
 古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
 古屋一雄‥‥勇太の父。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
 唯一髪‥‥モヒカン。
 美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。




 James・J・ James
 ジェイムズ・ジェイ・ジェイムズ
 じぇいむずじぇいじぇいむず
 ジェイムズはジェイムズであってそれ以外の何者でもなくジェイムズである。
 ジェイムズのものはジェイムズへ。
 イサクの息子にしてイスラエルの民の祖、ヤコブの名に由来するこの姓名、様々な変遷をたどり多くの国の言葉に兄弟を持っている。
 英語ではジェイムズ、あるいはジェイコブ。親しければジミーにジム。
 姓と名前、両方に適用できる名詞ということでやはりというか、案の定というか、ジェイムズ・ジェイムズというハープ奏者が現実にいたりもする。
 そしてまたややこしいことにジェイムズ・J・ジェイムズという作家がいる。
 Jと記載されているミドルネームが何ぞやというのが大いに気になるところではある。
 やはりここはジェイムズであろうか。あるいは全く関係なくジョシュ、ジェイソン、ジャックにジョンなどといった全く期待はずれなものかもしれない。
 何の意味もなくジェイというのもありえなくはない。
 もしかしたらJudahなんてことも……?ユダ……猶太……勇太?
 いや、まさまさか、そんなわけ……。

 閑話休題

「まだ、その時ではなかろうて」
 一雄の鳩尾を強打した拳の主は、金髪碧眼の男。右腕だけが奇妙に肥大化し、鉱物を思わせる鉛色の光沢を持っている。
 ジェイムズ・J・ジェイムズである。
「ぐ、とうとうこの階層まで登ってきたか」
「たやすいこと、これだけ物語が無計画に拡大して行けば、もはやメタ階層とて安全ではないのだよ」
 動揺の色を顕にする一雄に対して、繁は落ち着き払った調子でジェイムズを見据えている。
「無理はするものではないぞ、ジェイムズ」
「無理?何のことかな?」
「では、問う。貴様の真の名は?」
「馬鹿な。我が名はジェイムズ。ジェイムズ・J・ジェイムズである!」
「はずれだ」
 金色の髪が次第に色を失い、碧色の目に濁りが生じる。はっきりとしていたはずのジェイムズの存在感は次第に薄れ始め、ぼんやりと、とらえどころのないものとなる。
「貴様ぁ何をしたぁ!?」
「たとえ偉大な作家であろうとも、己自身の物語を諦めた貴様等に我が孫が負けるはずがないのだ!往ね!ここは貴様の来るべき場所ではない!!」
 遠くまで響くような断末魔。
 とても遠くへ響いていく。
 とても、とても、遠い場所。
 例えば、火星とか。

「ジェイムズの反応が消えたよ、ジェイムズ」
「やはりまだ早すぎたのかな、ジェイムズ」
「ジェイムズの代わりはいくらでもいるよ、ジェイムズ」
「そうだな、ジェイムズ」
 火星の丘の上、5人のジェイムズが天を仰ぎながら、感情のこもらない言葉を交わしている。
「目標の様子はどうだ、ジェイムズ」
 男型のジェイムズが問う。
「やっと目を覚ました様子だよ、ジェイムズ」
 女型のジェイムズが答える。
「ではまずは小手調べといこう、ジェイムズ。量産型ジェイムズを目標を中心とし円周上に展開。対角線上の味方に注意しつつ、包囲、そして潰せ」
 男か女かわからないジェイムズが指示を出す。
 それをもはや人間の形ですらないジェイムズが原稿用紙に書き連ねていくのだ。
「軍神の星で戦争なんてなかなか粋な展開じゃないかね?ジェイムズ」

 目を覚ませば何時もと変わらぬ火星があって、いつもと変わらぬ光景が、広がっていなかった。
 白色の鎧に身を包んだ何者かが、勇太たちの様子を窺っている。手には銃をもち、鎧の方には「J」の文字が刻まれている。
 その兵士たちが全方位に一定間隔で並んでいる。
「味方?」
「そんなわけないでしょ」
 兵士たちはじりじりと距離を詰め始め、勇太達を射程距離に捉えつつある。
「さおり、大根は!?」
「この前全部おろしちゃったわよ!」
 慌てふためく二人を他所に、ジェイムズたちの進軍は止まらない。
「考えて!」
「え?何を!?」
「思い描くの!思いつく限りの強い武器を!強い兵器を!そして宣言するの「いでよ!」って」
 さおりの意図はわからなかったものの問い返すことはやめた。
 いつだってさおりは間違っちゃいない。
 間違っているのは何時も……。
 邪魔な考えを振り払い、今は思考に集中する。
 武器、兵器、強いやつ。
 ジェイムズたちは立ち止まり銃を構える。狙いを定め、引き金に指をかける。
「いでよ!」
 その時、突然閃光が走り、一陣の雷が勇太とさおりの目の前に落ちる。
 小さなクレーターの中心に男の影があった。
 長身にして、筋骨隆々、頭にはねじり鉢巻、腰には褌、それ以外の衣は身につけぬ。
 褌には威勢のよい「美園屋」の文字。褌ひるがえし、振り返った男の顔には見覚えがある。というか、そんなレベルじゃない。
「お父さん!?」
「おじさん!?」
 火星に現れた男は、美園さおりの父、美園軍司である。
「おぉ!さおり!それに勇坊じゃねぇか!うほっ、しばらく見ねぇ間にいい男になったじゃねぇか!」
 勇太は心強さを覚えるとともに、背中にうすら寒いものを感じた。



(つづけ)


2012年5月2日水曜日

無計画リレー小説 第八話


【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
唯一髪‥‥モヒカン。


「勇太……!勇太……!気がついているかっ!? はあはあ……。」
連呼される自分の名前。その声の息づかいからは、何かとてつもないものと戦っているような情景が伺える。目を覚まさなければならない、そう確信をするけれども自分の瞼は閉じたままだった。

・・・

「ジェイムスよ!勇太を火星に展開したな!……勇太は……わが子は、一ヶ月間も彷徨っていたんだぞ!」
微かに聞こえる一雄の声。その声は恐怖か哀しみか定かではないが、震えているようだった。
「一雄、お前の葛藤もわかる。だが、ここは耐えるのじゃ」
じいちゃんの声も聞こえてくる。ふたりは自分の前に立ちふさがり、守ってくれているかのようだった。

「いでよ、唯一髪!姿を表わしたまえ!」
一雄は呪文のように叫び、念ずると両手を天へと掲げる。

「一雄!ならぬぞ。ふれてはならぬ。唯一髪、所謂このセカイをつくりし者へは……」
「しかし、親父!平穏な日常に執筆を催促するということは、過剰なストレスを生み出す!実際、勇太は一ヶ月も悩まされ続けた!」
「それは違うぞ、一雄。あのお方は救うてくれてるのじゃ。新たな優しきストレスのようなものは、日常を変えることのできる贈与性に等しいのじゃ」
「……し、しかし親父!参加ルールは書き手の意思に委ねるもの!しかも、今回はハングで名指しされっ……」
その時ふたりの会話を遮る巨大な拳が、一雄の鳩尾に食い込んだ。

「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

(つづく)

2012年5月1日火曜日

無計画リレー小説 第七話

【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。


 気がつくとそこは火星だった。
 見渡す限り荒涼とした大地が続いている。岩と砂で埋め尽くされた赤茶けた大地。その風景は、子どもの頃読んだ学習雑誌に載っていた火星のイラストと良く似ていた。
「知ってる。この光景……」
 勇太は、呟いてから気がついた。いつの間に火星に来たんだ?さっきまで塩焼きさんまにつかまっていたはずなのに。
 いやまて。
 火星だけじゃない。さおりはどこからあらわれた? じいちゃんは、どこからあらわれた?赤剥けの怪物も、ジェイムズ・J・ジェイムズも、唐突にあらわれ、唐突に消えて行った。まるで夢みたいに。
「夢にしては、あちこち痛いけど……」
 打ち身や擦り傷、それに所々火傷をしているようだ。応急手当くらいはしたいところだが勇太は手ぶらだった。
「救急箱でもあればな」
「はい、救急箱」
 見るとさおりがリュックから救急箱を取り出していた。
「いろいろ……持っているんだなあ」
「そうね」
 さおりはもの言いたげにしている。
「何だか、わけがわかんないよな、ここ」
 救急箱の中にはいまどきめずらしく赤チンが入っていた。正しい手当方法などわからないので、とりあえず赤チンをべたべたと塗る。
「イチチ……なんだって、赤チンと包帯しか入ってないんだろ」
「勇太、昔っからケガとかしてもほったらかしだったもんね。消毒とかちゃんとしたことないでしょう?」
「そんなことないよ、小学校の時には保健室の常連だったんだぜ」
「変な自慢」
「消毒されるのが一番苦手だったな、ひどく沁みてさ……ほら、なんだっけ?エタノールだったか」
「エタノールなら、ホラ入っているでしょ?」
 さおりが救急箱の隅を指差す。
「あ、ああホントだ。それにピンセットにコットン。思い出すなあ、こいつで傷口を消毒してもらったんだ」
 よくわからないなりに応急手当を済ませると、少しホッとした。
「見慣れたものが多いと落ち着くわね」
「そうだなあ。ははっ、火星の風景は見慣れちゃいないけど」
 手近な岩に腰掛ける。
 空を見上げると真っ黒な空が広がっていた。
「大気が薄いから、昼でも空は黒いんだ」
「大気が薄いのにどうして私たちは普通に息をしているのかしら」
 さおりの疑問はもっともだと勇太は思った。
「ふうむ」
 どうしてだろう。例えば……ここは本当の火星じゃなくて撮影用のセットであるとか。それにしては壮大すぎる。遠くに見えるあの山々はとても書き割りには見えない。何か特殊な設備で大気が維持されている?どんな設備だよ、そんな都合のいい話があるか。テキオー灯のような便利な道具があれば……そんな道具を使った覚えはない。上手い説明が思い浮かばないな、もしやあれか……と勇太が考えを巡らせていると。
「夢、とか」
「夢かもって僕も考えたけど。あちこち痛いしさ、夢とはちょっと思えなかったんだ」
「でも、まるで夢みたいだと思わない?行き当たりばったりで無計画で、怖かったり普段出来ない事をやっちゃったり」
「うん、確かにそうだね」
「夢じゃないとしても、夢みたいな、何か。無計画で無秩序な何か」
 何なんだろうね、とさおりは微笑んだ。
 何なんだろうなあと、勇太も呟く。
「なんだかわからないけど、ともあれ、このままずっとここに居るって訳には行かないよなあ」
「でも、どちらに向っても砂漠が続くばかりだよ?ここなら、岩陰があって過ごしやすいけど、移動した先がどうなっているかはわからない……ふふふ、わからない事だらけね」
「しょうがないだろ、この世界自体が『無計画な夢みたいな何か』なのかもしれないんだから」
 ひらめいた。
「夢みたいな何かの中で、夢を見たらどうなるんだろう」
「あ、それおもしろそう。どうなるだろうね?ちょっと待って、ちょうど寝袋がここに……」
 さおりは鞄から寝袋をふたつ取り出した。なんて都合のいい鞄だろう。寝袋でもあればなとは思ったけどまさか本当にあるとは。「夢みたいな何か」の世界だからだろうか。
「ちょうどほら、空も満天の星空。夜空みたいなものだよね」
 何となくやるべき事が見えた気がして、ふたりでてきぱきと寝袋を広げてもぐり込んだ。さおりと二人で眠るなんて、いつ以来だろう。ちらりと横目でさおりを見ると、目が合った。あわてて顔を空の方にそらして、星を眺める。
 今は夜なんだ、と自分に言い聞かせてみても、簡単には眠気はやってこなかった。落ち着かずにもそもそとしていると、さおりが話しかけてきた。
「勇太、小説もう書かないの?」
「辞めた」
「そう……」
 ひとしきり沈黙が続く。少しずつ眠気がわいてきた頃、さおりがまた呟いた。
「勇太はもう書かないって言ったけど。
 私は勇太のかくおはなし、大好きなんだ。だって勇太の書くおはなしはいつだって幸せに終わる話だもの」
 そんなの、だってあれは、たいした話じゃない、あんなのは。
「おとぎばなしだろ、めでたしめでたしで終わるのが当たり前なんだよ。つまらない」
 そんな話しか。そんな程度の。
「予定調和の話になんの魅力があるってんだ」
「そう……?」
「どこにでもあるありふれたおはなしをいくら書いたって、どこにも残らない。あっという間に忘れられておしまいだ」
 自分よりも長く生きる物語が書きたかった。自分が死んだあとも、読み継がれ、語り継がれるような。そう思って試行錯誤を繰り返して、でも、それは自分の期待するような物語にはならなかった。
「才能がないんだ。目指してもしかたがない」
「そう……それが勇太がゴールを消しちゃった理由なんだね。目的が見えなくなったから計画を無にしちゃったんだ」
 書かない言い訳をしているような気分になり、勇太はすこし恥ずかしく思った。言い訳をするつもりじゃなかった。
「わたしね」
 眠気に負けてきたのだろうか、だんだんさおりの声が遠くなってきたような気がする。
「物語を書くのって、無計画の中に計画を入れて行くようなものだと思うの」
 その声にはどことなくエコーがかかっている気がする。
「行く先のない旅に、ゴールを設定するようなものだと思うの」
 さおりはこんな声だったろうか。もやもやと思考がかすんでくる。
「勇太がこの自分の物語を書こうとしない限り、この世界は無計画ままだと思うの」
 最後のさおりの呟きは、もう勇太には聞こえなかった。
 眠りの闇の中にすうっと落ちていく落下感が勇太を包んでいた。
(つづく)

2012年3月18日日曜日

無計画リレー小説 第六話

【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。


 じゅうじゅう。ぷうぷう。
 秋になると勇太の母親がよく買ってきては焼いてくれた、さんま。古書が脂臭くなるといけないから、と、七輪をわざわざ狭い裏庭の隅の方へ持っていって。そうして焼いたばかりのを、勇太たちに食べさせてくれたっけ。あの、少し焦げた皮がまだちりちりと騒いでいるところへ、きゅっとすだちを搾って――。

 だけど、空から降ってきたそれはそんなもんじゃなかった。
 天一面を覆うかと思うような、巨大な影が、鼓膜を突き破るほどの激しい焼き音を、鼻をつまみたくなるほどの強烈な焦げ臭をさせながら……。
「何してるの勇太、よけるわよ!」
 さおりに半ば引きずられるようにして、勇太は大根おろしでできた山の陰にしゃがみ込んだ。途端、ずどおおおおおん、という世界全体が揺れるような轟音と共に、巨大さんまがさっきまで勇太たちのいた場所へ着地する。足元を支えていた硬質な何かが、ビリビリと震えた。よくよく確かめればそれは陶器でできているようで、恐らくは非常に大きな、皿なのだった。
「じいちゃんすげえ。本当にさんまが降ってくるなんて」
「今頃何を言っておるか。来る、と『言った』ら、来るに決まってるだろうが」
「えっそれ、どういう……」
 繁の言葉には、妙なアクセントが感じられた。勇太がその意味をとりかねていると、繁は呆れたように肩をすくめる。
「やれやれ、お前は一雄の時よりも手がかかるな」
 一雄(かずお)とは、勇太の父親の名前だった。彼もまた、古屋の成人の儀を受けてこの場所へ来た、ということだろうか?
 さんまは鋭角に尖った口をこちらへ向けて、湯気を昇らせ身や皮を派手に弾けさせながら、熱い脂を滴らせている。その口は半開きで、縁を鋭い歯がびっしりと覆い、まるで勇太たちを脅しているかのようだ。その斜め上にあるだろう眼球に至っては、もはや大きさを想像するのさえ恐ろしい。
 あの巨人はどうなったろう、と勇太がわずかに首を伸ばして大根おろしの向こうをうかがおうとすると、たちまちさおりに咎められた。
「まだよ、勇太。もう少しだけじっとしてて」
「あ、うん。……あのさ。さおりは何でそんなにいろんなこと」
「おい、お前たち早くこれを被れ」
 繁が広げ始めたのは急な雨の日に軒先の古本に掛ける、透明なビニールシートだった。訳の分からないまま、言われた通りに三人してシートの下へと潜る。巨大さんまはまだ盛大にジュウジュウと音を立てていたが、そのところどころに巨人の野太いうなり声が混ざっているように勇太には思われた。
(こんな透明なシートでは、身を隠すこともできないんじゃ……)
 勇太が不安になった瞬間。バラバラバラッ、と天から大粒の雨だれが降り注ぎ、同時に柑橘の心地好い香りがあたりに満ち満ちる。
(――これは、すだち?)
 恐ろしい悲鳴が聞こえた。
 思わず顔を上げると、巨人がすだちの雨の直撃を受け全身を濡れそぼたせながらのたうっている。剛毛に覆われた腕で何度も目のあたりをこすり、あれほど硬そうだった皮膚も酸にやられたか、焼けただれ幾筋もの血を流していた。
「さ、勇太、さおりちゃん。行くぞ」
「行くって、どこへ?」
 勇太の間の抜けた質問に、二人が振り返った。「いやあね、勇太。まだ分からないの? 大根おろしに焼きたてのさんま、すだちがかかったといえば、次は」
「……食べる?」
「そう! 正解。箸が、私たちをここから出してくれるの」
 そう言っている間にも、尖った二本の柱が突き刺すような角度でさんまに迫ってくる。
「さあ、急いであれにつかまるんだ! チャンスは二度はないぞ」
 言うや否や、繁が還暦過ぎとは思えない身軽さでさんまの腹ビレをつかみ、焼き目を足がかりに急勾配をよじ登り始める。さおりも即座に後に続いた。
「だけど、箸――ってことはさ、出口はまさか、『口』?」
 巨大さんまの口でもあの迫力だったのだ、それを食らう超巨人の口はどんなにか、大きく、力強く、おぞましいほどの咀嚼力で勇太たちを噛み砕くことだろう。
「大丈夫、私たちそこから来たんだから!」
 きびきびと銀茶まだらの壁を登ってゆくさおりの動きに、ためらいや迷いはない。見れば、いつもの美園屋青果店の前掛けの下は、まだ高校の制服のままだった。ミニスカートの下の引き締まった太腿に目が行きそうになって、慌てて顔を背ける。
(こんな時に俺は)
 ――と、目の端に恐ろしいものが映った。巨人が、ただれた腕を、脚を引きずり、剛毛を血でべったりと体に貼りつかせながら、それでも確実に、こちらへ這い寄ってくる。両の目はもう完全にその役を果たしていないようで、けれど巨人にはどうしてか分かるようなのだ。勇太たちの、いや、恐らくは勇太の、居場所が。
「ほら、勇太も早く!」
 さおりの声に引っ張られるように、勇太も登った。べたつく脂に何度も手を滑らせながら、懸命に登った。これ以上さおりや繁の足を引っ張るわけにはいかない。二人を、自分のせいで危険にさらすわけにはいかない。今度こそ、自分で何とかしなくては。
「箸が来るぞう」
「さおり! 俺につかまって!」
 焦げた皮の隙間に足を取られていたさおりの腕を、勇太は無我夢中でつかんだ。そうして三人、巨大な箸と塩焼きさんまの塊につかまって、ぐいっと急加速で宙に浮かび上がった!

(……つづく)

2012年3月14日水曜日

無計画リレー小説 第伍話

【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、青果店の一人娘。
古屋繁 ‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。



「待ちなさい!」
そのときだった。
闇の中、一筋の光がさしたような鋭い声で、
「おぞましい化物。勇太をどうするつもり」
と、一喝したのは、美園さおりだった。
手には、実家の青果店から持ってきたのか、白ネギと大根を装備している。
ネギは千住、大根は青首。ともに一般的なやつだ。

「さおり……どうしてここに?」
ありきたりの反応をした勇太に、さおりは、背中のリュックから白くて丸い、ずっしりとした野菜を手渡して、
「これで戦うよ、勇太!」
と言った。
「カブ……?」
「馬鹿、聖護院大根でしょう!」
京都府聖護院発祥の伝統的な京野菜。
球形で重さ2キロ前後。
きめこまかな肉質で甘く、煮くずれしない。
ふろふきや煮ものなどに利用される。
「これで戦うって……?」
わけがわからないよ、と振り向いた瞬間、勇太は愕然とした。

さおりが、聖護院大根の10倍はあろうかという、巨大な、
白いかたまりをリュックから引きずり出していたのである。
「さ、桜島大根っ……!」
「勇太。私にはこんなことしかできない。フリーターだって良い。家の手伝いだって立派だと思う。
でも、人生っていう物語をあきらめたらいけないって思うの」
「あきらめるって、僕は何も……」
「物語を一度整理して、忘れられていたことや、見えなくなった道を、
もう一度、確かめれば良いじゃない!」
さおりは、さっき見たような涙を目に浮かべていた。
(何でこんなに必死なんだろう……?)
勇太は、何と言葉をかけたら良いか分らない。
(ていうか、さおりはどうやってこの空間に入ったんだ……?)

だが目の前の巨人は、事態を把握する間隙を与えなかった。
ガチガチと音を立てる両腕の、おぞましさ。
鋭く尖った無数の刃が、今にも勇太の肉体を擂り砕き、血を噴出させようと地獄の炎を反射している。
あたかも、巨大なおろし金のように……。
「あ、そうか!」
「うん、勇太も分ってくれた!」
見交わす笑顔。
手にした聖護院大根を巨人目がけて投げつけると、
さおりも同じように、巨大な桜島大根を投げ飛ばしたのである。
ハンマー投げの要領で、横向きに一回転して放り投げる。

ジョリジョリジョリ!

巨人の周りに白い粒が飛散した。
粉雪のように舞う、大量の大根おろし。
「勇太、まだあるから!」
次々と放り投げる桜島大根に、聖護院大根、青首大根、白大根。
さおりのリュックはどうなっているのか。

やがて巨人の左右に、大根おろしの山が出来上がったとき、次に起こるべき事態は容易に想像づいた。
すなわち勇太の祖父・繁が、縁台に立ち上がって叫んだ。
「さんまじゃ! 巨大なさんまの塩焼きが来るぞ!」


(つづく)

無計画リレー小説 第四話

そこには赤剥けの皮膚をした人間めいたものが、片手に本を持って立っていた。
 目は丸く金色に輝き、頭部はタコのように膨らんでぶよぶよしている。
 裸だったが、男か女かはっきりしない体つきだった。
 その生き物は勇太の顔を見つめながら、持っていた本を口に持っていって、鋭い歯で齧った。
 まるでパンでも食べるように咀嚼する。それに合わせて、頭部が収縮した。
 異様な光景に見入ってしまったが、勇太はハッと我に返る。
 この生き物の意図は分からない。しかし、本を柔らかい食べ物のように噛み砕く顎の力は相当なものだ。
 襲われて噛み付かれたら、腕など千切れてしまうに違いない。
 勇太は身を守る武器がないかと、本の地平に目を巡らせた。
 そして、二度目の衝撃にたじろぐこととなった。
 たくさんいる!
 勇太は本が積まれてできた、ゆるやかな丘の連なりの中に立っていた。
 そのあちこちに、金色の目をした赤剥けの生き物の姿があった。
 気ままな様子で本をかじり、頭部で消化しているようだった。
 組織立っている気配はないが、勇太は取り囲まれていると考えたほうがいいだろう。
 戦って良い結果になるとは思えなかった。
 あまり刺激したくはなかったが、こちらから話かけてみるしかない。
 何より、目の前のこいつを認識したときに、ジェイムズ・Jの合唱は止まったのだ。
 勇太は震える声で、本を食べている生き物に尋ねてみた。
「す、すいません。あなたがジェイムズ・J・ジェイムズさんですか?」
 生き物はあっけにとられたように口を開け、糊状になった本のページをぼたぼたとこぼした。
 それから獣じみた発音で繰り返した。
「じぇいむず、じぇい、じぇいむず、じぇい……」
 途端にまた合唱が始まった。
 本の丘にちらばる生き物たちが、口々にその名を呼ぶ。
 話にならない。この生き物たちにどれほどの知能があるのかも定かではなくなった。
 途方に暮れかけたとき、上のほうから鋭い口笛が聞こえた。
 そちらに目を向けると、ひときわ高く本が積まれた丘の上に、いつの間にかグレーのスーツを着た白人男性が腰かけて、手招きしていた。
 金髪碧眼。悠然とした様子で、白いティーカップを片手に持っていた。
 三十歳前後に見えるが、着ているスーツのデザインはずっと古いものだ。
 男は流暢な日本語で言った。
「こっちにおいで。僕がジェイムズだよ」
 その言葉が発せられると、赤剥けの生き物たちはみな陰に隠れた。
「じぇい、じぇい、じぇい、じぇい……」と口々に囁きながら。
 勇太は藁にもすがる思いで、本の山を駆け上がった。
「ジェイムズさん!」
 息を切らし、四つんばいになりながら彼の足元にたどり着いたとき、彼はティーカップを傾けていた。ジェイムズが優雅な仕草でティーカップを置くと、本の地面の中から手が現れて、ティーカップをつかんで消えた。
 その手は金属の骨格で、血と皮がまとわりついていた。
 勇太は不穏なものを感じたが、今は彼だけが頼みの綱だ。
 ジェイムズが立ち上がり、勇太に右手を伸ばしてきた。
「ようこそ、勇太。よく来たもんだ」
「ジェイムズさん、助けてください!」
 勇太もジェイムズの右手を取り、訴えるように言った。
 ジェイムズはそれに答えず、左手で辺りを指し示して言った。
「彼らを見たろ。あの赤剥けの。君なら、彼らをなんて呼ぶ? 君のセンスで名付けるとしたら?」
「え? え? えーと、貪るもの、とか?」
 戸惑いながら勇太が言うと、ジェイムズは愉快そうに勇太の肩を叩いた。
「そう、いいね。今日から彼らは貪るものだ! 初めに言葉ありき! そういうだろう?」
 ジェイムズは勇太から手を離して続けた。
「そして、人から出るもっとも汚れたものは言葉。そうとも言うね」
「え?」
「ジェイムズの後を追うか、それともジェイムズに託された仕事を続けるか? どっちしても難儀な事だろう、君なんかには」
「何を言ってるんですか、ジェイムズさん? 元の世界に返してくれるなら、それでいいんです!」
 続くジェイムズの言葉は、会話として繋がっていなかった。
「知識はね、知性と結びついてこそ、いい仕事をするもんだ。例えば、脳を消化器官に改造して、知識を貪る動物を作りあげることもできるんだ」
「何を言ってるんですか……?」
 勇太は一歩二歩と、後ずさる。
 にこやかに微笑んでいるジェイムズの顔面が裂けて、血しぶきが飛んだ。
 その中から赤黒いものが盛り上がり、形をなしてゆく。
 虫が羽化をするように、ジェイムズを名乗った皮がむけて、獣じみた巨人が生まれ出ようとしていた。
 金色の目を獰猛に輝かせて、巨人は叫んだ。
「知ハ力ニ非ズ! 暴虐ヲ奮ウ人間ヨ、原初ノ恐怖ト共ニ動物ヘト還レ!」
 体液の滴る巨人の両腕には、金属でできた拷問器具が剛毛のように生え、ガチガチと鳴っていた。

2012年3月7日水曜日

無計画リレー小説 第二話

祖父の繁(しげる)は、予想外に鋭い眼差しをしている。
 勇太は見咎められたような気がして、伸ばした手を引っ込めた。
 繁は枯れた人差し指を立て、それを振りながら言った。
「その本は一家にとって大事な物だ……」
 唇を湿らせて、さらに続ける。
「……いや、一族にとって、いや、それ以上に重要な物だ。もう残り少なくなってしまったが」
 祖父の言葉は、この本が減っていくと言っているのだろうか?
 どうも意味が分からない。
 だが、祖父の目付きと口調から、勇太は自分が責められているのを感じた。
「ごめんよ、じいちゃん……」
 訳が分からないながらも、勇太はとりあえず謝る。
 一端、この場から離れた方がよさそうだ。
 勇太は納戸から出ようとした。
 そこへ繁が、行く手をさえぎるように立つ。
 これでは納戸から外へ出られない。
 祖父の思惑をつかみかねて、勇太は途惑った。
「じいちゃん……?」
 勇太より頭一つ分背の低い繁は、真正面を睨んでいた。
 勇太の顔も見ずに、決然とした声で断定する。
「その本を見つけたということは、今、呼ばれたということだ」
 それからぎょろりと眼球を動かして、勇太の目を見て続ける。
「勝つ者もいれば、負ける者もいる。おまえはどっちだ、勇太!」
 目は血走り、顔が強張っていた。
 普段は温和な祖父の変わりように、勇太は口もきけなくなった。
 慄き、立ちすくんでいると、ガラスの割れる音がした。
 首を巡らせれば、音の源は例の額縁だった。
『James・J・James』の古本を納めた額縁がカタカタと震えている。
 見ている間にもガラス製のダストカバーに、細かい亀裂が広がっていく。
 勇太は祖父を振り返った。
「一体、どういう……」
 繁は無言で顎をしゃくった。額縁を見ろと。
 勇太は再び額縁に目をやった。
 一枚のページが、ひび割れたガラスを突き破って出てきた。
 古びて黄ばんだ紙片が、風に吹かれたように宙に舞う。
 と、そのページは鋭い円錐形に丸まり、勇太に向かって突っ込んできた。
 その速さに避けることも叶わず、円錐は勇太の額に刺さった。
「うわぁぁぁぁっ!」
 勇太は痛みと恐怖で悲鳴を上げた。
 反射的に両手で引き抜こうとしたのに、それより速く祖父から羽交い絞めにされていた。
 勇太はパニックに陥った。
「じいちゃん! じいちゃん!」
 足を蹴上げ、渾身の力で身をよじるが、繁はびくともしない。
 老人の力ではなかった。
 古紙でできた円錐が高速回転し、ごりごりと頭蓋骨を削る。
「うわぁぁぁっ! じいちゃん、俺死んじゃうよ、じいちゃん?!」
 勇太は涙を流しながら首を回し、繁に助けを求めた。
 繁は笑っていた。壮絶に。
 その瞳は金色に輝き、顔の皮膚には様々な文字が浮かんだり消えたりしていた。
 地の底から響くような超自然の声で、繁は言った。
「勇太、これが古屋の成人の儀だ!」
 くぐもった笑いを立て、金色の目で勇太の目を見据えて続ける。
 その声はまったく愉快そうだった。
「見ろ、勇太! J・J・Jがおまえに入っていく!」
 勇太は限界まで眼球を動かして、上を見た。
 古本の一ページだった円錐が、回転しながらじわじわと頭の中に進入する。
 元の長さを考えれば、もう脳の半ばまでに達していた。
 気が遠くなりかけたとき、不意に声が聞こえた。
「これが勇太か」
 声のほうに目を向けると、おぼろげな白い人影のようなものが見えた。
 不定形な影がもう一つ現れる。積まれた古本のあいだにゆらめきながら言う。
「こちら側にようこそ、勇太」
 さらに続々と漂うものが現れて、勇太の周りで囁きを交わし始めた。
 勇太はもう正気を保てなかった。
「アーッ! アーッ! アァァァーッ!」
 思考は停止し、、甲高い悲鳴を上げ続けることしかできない。
 痛みが極限に達した時、額からピンク色の塊が吹き出した。
 それを見て、勇太は気を失った。
 最後に聞こえたのは、繁のものとも思えない繁の声だった。
「勇太、勝つか負けるかだ、勇太……」

「勇太……勇太……」 
 優しく揺さぶられて、勇太の意識は浮上した。
 がばっと身を起こすと、肩に当たって古本の塔が崩れた。
 心臓が早鐘を打ち、顔面の毛穴が開く。
 勇太は額をさすった。なんともない。
 それから『James・J・James』の古本が収まった額縁に目をやる。
 勇太は息を呑んだ。
 ページが減ってる!
 一瞬だけ気が動転したが、考えてみれば、元々の様子が定かじゃなかった。
 そもそも、自分がいつの間に気を失ったのか、眠り込んだのか、はっきりしない。
 傍らには、柔和な笑顔の祖父、繁がしゃがみ込んでいた。
 繁はにこやかに言った。
「こんなところで寝てないで、こっちきて茶でもやれ」

2012年3月6日火曜日

無計画リレー小説 第一話

【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、青果店の一人娘。
 勇太の祖父‥‥古書店を営んでいる。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。



「勇太なんて大嫌い!」
 大声でそう言い捨てて、さおりは走り去っていった。勇太も外へ出て、商店街の奥へと消えて行く彼女の背中を眺めていたけれど、店番中の身で追いかけることもできず、またその気力も無く、肩を落として古書店の中へと戻る。

 勇太の祖父が営む古書店は、この寂れた商店街にある唯一の書店だった。十九歳になったばかりの古屋勇太は、ここで働いている。働くといってもそれは形式上のもので、狭い空間に古書が縦になったり横になったり、物騒に積み上がっているこの店には、客などほとんど来ない。古書を売りたい客も買いたい客も、駅前にある大型チェーンの古書店へ行ってしまうのだ。
 進学も就職もままならなかった勇太は、このかび臭い小部屋で本を読みながら日々を過ごし、祖父に小遣い程度のバイト代を貰う。それが彼の生活の全てだった。

 特に不満があったわけではない。まだ読んでいない本はたくさんあるし、店番をしていれば、金を使う必要も無い。人間関係に悩まされることも無い。むしろこの生活を勇太は心地よく思っていた。でも、さおりはそうは思っていなかったようだ。

 勇太の幼馴染で、二歳年下の美園さおりは、青果店の一人娘だった。商店街の入口に位置する青果店は、寂れたこの一帯の中でも幾分は繁盛してる方で、彼女も毎日忙しく店の手伝いをしている。だけど、さおりは大学に進学するつもりらしい。勇太はさっきまでの、さおりとの会話を思い出していた。

「どうして進学しなかったの?」
 そのことについて尋ねられるのは、もう何度目だろう。
「進学する金もないしさ、店を継ぐなら学歴なんて関係ないだろ」
「奨学金とかあるじゃない。うちも経済的に厳しいけど、頑張って勉強して、特待生を狙ってるもん」
 さおりが鼻息を荒くする。
「さおりとは違うんだよ。俺はそんなに頭も良くないし」
 無造作に積み上がった古書を、無意味に並べ替えながら、勇太は返事をする。
「勇太は、小説家になるんでしょう」
 黄ばんだ本を手に取ったまま、亮太は動きを止める。
「もう辞めたんだ」
「え?」
「小説なんてもう書いてないよ。いつまでも夢みたいなこと、言ってられないだろ。もう辞めたんだよ」
 吐き捨てるようにそう言って、勇太はさおりの顔を見る。それからその表情に動揺する。今にも涙がこぼれそうな瞳。
「勇太なんて大嫌い!」
 本の山が倒れてきそうなほど大きな声でさおりはそう言って、店を出ていってしまった。

 勇太は無気力に古書の入れ替えを続ける。なにもかも無計画だった。これらの本を目的を持って並べ換えているわけではなかった。陽の目を見ず、誰にも読まれず、かといって早々に朽ちていく訳でも無い書籍。
「俺の方が早く、この世から消えちゃうんだろうな」
 適当に手にとった本は、初版第一刷が昭和の日付になっている。この本は勇太よりも長く生きているのだ。

 古いばかりで価値の無さそうな本を、数十冊ほど納戸に移動する。処分してしまえば良いのだろうけれど、勇太は鑑定眼を持っていなかった。もし貴重なものだったらと思うと、迂闊に捨てることもできない。どうせ客なんか来ないのだけれど。

 六畳ほどの納戸には、これまた無秩序に古書が収納されている。本を置くスペースを空けるため、勇太は無造作に置かれたダンボールを、足で移動する。
 どさどさどさっ。大きな音と共に、山積みになった本が倒れてくる。古書の下敷きになった勇太は、うんざりした顔をして起き上がる。元通りに本を片付けるのに、数時間はかかりそうだ。
「あれ?」
 古書に取り囲まれたまま、勇太は立ち上がる。さっきまで本が積み上がっていた壁に、小さな額縁がかかっている。
 勇太は額縁を取ろうとする。価値の分からない古書とはいえ、踏みつける気にはなれないので、本に足場を取られたまま、壁に向かってめいいっぱい手を伸ばす。

 額縁の中に入っているのは、古書の一部のようだった。随分と黄ばんでぼろぼろになってしまった紙。表紙は無く、冒頭の数ページのみが額に収まっている。中扉と思われるページに、『James・J・James』と記されている。
「それを見つけてしまったんだな」
 勇太が振り返ると、納戸の入口には、敬老会に行っていたはずの祖父が立っていた。

無計画リレー小説について

こんにちは、山田です。唐突な思いつきで、無計画にリレー小説なんかやってみたいなあと思います。第一話をとりあえず書いてみました。誰か続きを書いてくれると嬉しいなあ。誰も書いてくれなかったら、泣きながら一人でリレー小説します。



参加資格

無計画書房に投稿できる人。


参加ルール

書き手さんがだぶっちゃうともったいないので、続きを書きたい人は、その回のコメント欄に「書きます表明」をして下さい。第四話を書きたいと思ったら、第三話のコメント欄に「続きを書きます」って感じで。コメント欄に一番乗りの人が、続きを書いて下さい。


登場人物について

登場人物が増えたら、冒頭の【登場人物】の欄に追加しといて下さい。ネタバレが嫌だったら、文末でもいいです。


どのくらいの長さで書くの?

好きなように書いて下さい。でも原稿用紙換算300枚とかなっちゃうと大変かもです。


いつ終わるの?

無計画です。でも完結したら、あわよくばパブーにまとめ本なんか作りたいですねえ。


作品のタイトルについて

完結するまで無題のままにしときましょうかね。



第一話はこちらです。あとはまかせた!