ジャッジメントシリーズの黒い本の人の呟き。
最近MIXIで人知れず悩んで退会した人がいてなあ。
設定・ジャッジメントで黒い本を読む係りの人。性格、生真面目。
ですます口調 。
これでは自分がイケメンだということに気づいて気をよくしてます。
イケメンは描けぬので、絵をあえて載せない。
++++++++++++++++++++++
ミライハキレイニ
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
覚えていてもらえればうれしいです、今回は私が出張です。
ジャッジメントで黒い本を述べさせていただいた、黒い翼の男です。別名悪魔とも呼ばれています。
名前は特にないのです。
自分自身を出すのはあまり好きではないのですが、中々私にはできない体験をしたので、これを書かせていただきますね。
何故私なのか、というのは、中立位置にいるからだということです。
裁判所では色んな人の人生を知ることができるので、あの立場にいることは個人的には大変気にいっています。
ですが、最近変だと思いません?
…裁判所に来る人がおかしいとかではなく。
体験談を聞いてもらうのが一番ですね。あの本以外のもので人の人生を見るのは久しぶりです。
長くなりますよ、いいですか?
インターネット、携帯電話、厳しくなる法律、おかしな世界。
物凄く世界が早く回っていると思います。
特に…インターネット、電話の登場については面白く見させていただきました。
皆さん周りを見てますか?
ええ、日本では就職できない人が多いとか…、いえ、人間の世界はよく分かってないのですが。そう言うのは別の者たちの方がよく知っているのです。
皆さん周りに人はいますか?
お友達と呼んでいる人の名前と住所、年齢、生年月日、生い立ち。
知っていますか?
お友達と呼んでいる方たちの、本当の性格。
知っていますか?
そのお友達の悩み事。
今回のお題となるのはこれです。
私がよく喋ることの方に驚かないでください、面白いので、少し調べておきました。
はい、これは次にも使用すると思われる裁判の際に、日本に行って調べてきたんです。
なぜ日本?それは、ただ単に私が一度行きたかっただけです。
カタナとかキモノとか、そういうものを一度見てみたいと思いまして、いった先が、戦国時代でもなく、この時代だったのです。
最初はがっかりしました。
日本をよく知らない人間が、忍者と侍を期待していったのに、普通の服着てビコンクリートジャングルを見てがっかりするのに近いかと。
今時そんな人いないとか言わないでください、現にここにいるので!
最初はがっかりしましたが、すぐに別の好奇心が芽生えました。
私もさすがに芽生えた好奇心には勝てません。
面白かったので、私はここで一カ月の間いることにしました。服装は勿論この時代に合わせましたよ!
服そ上については困ったので、たまに本を代理で読んでもらう、例のあの言葉の悪い彼に見立てていただきました。
元々黒髪なので、その髪をワックスで立てて…、黒いシャツに、ジーンズです。羽も見えなくしてみて。
どうです?
鏡の前で立って見て、カッコイイと自分で思います。細身の私には随分スタイリッシュに見えます。
自分でうっとりしました。
鏡に映ることより、この時代の服が似合うことの方にびっくりです。
私は普段、黒い手袋に青いコート、黒いズボン、ブーツという、いわゆるファンタジックな服装なので。
アレをこの時代ですると、コスプレなるものになるらしいですね。コスチュームプレイ?何ですかね、それは。
私の知っている意味と違うと怒られたので、割合させていただきます。
…失礼しました。はしゃいでしまいました。
しかし家というものがないので、しばらくどうするかで悩みました。
隣によくいる彼はこの世界をご存じで。この時代を、正確には。
あちらの白い羽の女性のなかにも一人、この時代が大好きだという方がいましたね。
正行にリージ、彼らの時代です。彼らはインターネット上で別の生活をしていたと聞きました。確かインターネットという架空空間の上の名前があるのですね、彼らの場合は固定ハンドルネーム。
最初は意味が分かりませんでした。
あれを読み上げるのは大変難しかったです。ハンドルネームにシステム、機械の名前からルールまで、意味が分からなかったです。
が、戻ってきた今なら少しわかります。でも本当に少しです。
なので、それにまつわることはいまだに彼に代理で読んでいただきます。
さて。すむ所がなく一カ月、ネットに興味ありの私なので、ネットカフェでしばらく暮らせといわれました。
ホテルを手配してくれないのが彼です、たぶんわざとです。
ネットカフェの手配は、ほぼ例の彼がやってくれました。いつの間に証明書なんて作っていたのでしょう、写真に撮られたことすらなかった私には中々斬新な機会でした。
そう言えば服を身立ててもらった際に、妙なものをみせられました。
私の知っているカメラと違ったので、その時はカメラだと思わなかったのですが、今思うとあれがデジタルカメラ、略してデジカメというものだったんですね。
あのあと彼は喜んでどこかに持っていったのですが、彼が人の世界で暮らす場所で、勝手に証明写真として手続きしたそうです。勝手なことをしてくれますね。
私は機械音痴ですか?それとも理解が足りないのでしょうか。
しかしどうやってそれを写真に起こしているのか、私の知るのは、箱に入った、暗い場所で…。
その仕組みもよく分かってないのですが、あの時代よりはるかに進化しているようですね、。
何にせよ、インターネットの存在を理解してなかった私が、一カ月でその仕組みを知れということの方が無理だと思います。人より頭の回転が速くて長寿でもね。
では前置きはこれくらいにして、いきます。
ネットカフェ、で、何をしろといわれても、何も分からない。キーボードの配置を覚えるのに半日かかりました。
白状します、私は中世なら好きなんです。日本でいう戦国時代の初期あたりです。
しばらくは彼が隣でひたすら教えてくれました。
ドッキリ動画なんかに引っ掛かりましたが、私の立場で驚くわけにはいきません。…正直言うと少し驚きましたけど。
リージと正行がいたのは、大型掲示板ですね。なるほど、見ていて非常に面白いと思います。
感覚的に言うと、ノートが大きく広げられていて、それに色んなところに住む、顔も性別も知らない人たちがかいている。
それを自動的に反映してくれる…、これがインターネット何ですね。ただの鉄くずにも見えるし、どこか芸術的なフォルムにも見えるこれがそこまでの性能を持ったものだとは。
ただ、場所…板とスレッド?によっては面白かったり、なんだか不穏な空気だったりと、見ているうちに疲れてきて、私はすぐに飽きてしまいました。
二時間くらいやって、飽きたと素直に言ったら、頬をつねられてしまいました。痛いです。本を読む立場なのだから、こういうのを覚えろと怒られてしまいました。
ですが折角来たんですから、好きなものをみたいです。やはり戦国時代の日本の着物、刀を調べるのは大変楽しかったです。
着物と刀にも種類や、時代によって変わるのですね。
インターネットで画像検索、それを見ると沢山の情報が。
情報共有まで出来てしまうんですね、私の読みあげる本と同様に高性能かもしれません。
いえ、私の本の方が未知数ですけれど。人の心を映すという点では。
失礼、また子供のようにはしゃいでしまいました。
そのうちに例の彼が、私にSNSというものを教えてくれました。
ソーシャル・ネットワーキング・サービスというものの略だそうですが、説明されても意味が分からないので、まずは触ってみるまでです。
彼は今の世界に詳しいので、こっそり来ては遊んでいったり、時には人に紛れて仕事までしているそうです。
何の仕事か聞いたら、ホストもやっていれば、ある機関の社員として重要位置にいるといいました。
詳しくいわれてもよく分からないので、放置します。
彼はああ見えて頭はとてもいいんですよ。口は悪いですが。
ほら、子供にも優しいでしょう、そこは評価してるんですよ。
私と彼の間柄は、同僚に近いのですが、私の方が少し上と皆にみなされているらしいですね。何せ本を託されていますし、私の方がやや冷静なので。
今の私は中々に冷静さを欠いてます。目の前でこんなものに触れられると思っていなかったので、無邪気に思い出してしまいます。
そのSNSの名前は…えーと、なんでしたっけ。まあ、おいておきましょう。
とりあえず友達が欲しいと思いました。共感してくれる人ですね。
私には裁判所の彼らや、人のいう地獄と天国を管理してる彼ら彼女がいるので、友達には困っていません。
けど、やはり戦国時代を知りたいので、それの友達が、人でほしかったんです。
人がどのような考えを持って生きているかを知りたかったというのもあります。
私は黒髪ですが、顔立ちは白人に近いので、街歩いていると時々面白そうに見られます。
見目がよいといういい方をするとナルシシズムまじってしまいますが、事実なので仕方ないです。あ、頬はつねらないでください。痛いです、やめてください。
言い直すと、見立ててくれた彼がセンスがとてもよかっただけです。
なので、チャラチャラとしたものでもなく、かといって堅苦しくない着崩し方や振る舞いを教わりました。
少しだけ化粧までされました。動物はオスが着飾りますが、人間はメスが聞かざるものだと思っていました。しかし最近はオスもするようで。
つけられた香水やらなにやらが私の肌に悪く作用しなければいいんですが。
私はあの通り、いつもは堅苦しい性格ですから、まさか彼に教えられるとは思いませんでした。ですがこれが後で役に立ったんです。
オフ会という場所で。
一カ月、彼のネットワークに加わりました。
驚きました、彼のネットワークは今まで見た人間の中でも群を抜いていました。
人間じゃないといったらそれまでですが、さすが裁判所に立っているだけあります、人の心をつかむ文章、言葉遣いがとてもうまかったのです。
あの裁判所、大量にいる私たちの中から、たった五人ずつ選ばれたのですから、まあ彼が優秀なのは間違いないです。
私はどう接していいかわからず、最初は人間の扱いに困りました。
さて、SNSですが…、登録を四苦八苦して終えた後に確認すると、彼の友達といわれもののなかに、日本の歴史に詳しい人たちが多いことでした。
私は顔写真をはりました。更に生まれをソ連…あ、これは古いんですね、ロシアです。それに設定しておきました。
彼はカリスマ性を持っているので、その彼の紹介で海外、日本に興味あり。そう伝えてもらったところ、軽く数十人と簡単にお友達になることが出来ました。
最初はとても面白かった。
メッセージやツイッター、色んなものを駆使して、気になったものを質問する。
ときにはこちらも質問を受ける。あいさつを繰り返す。
興味深いものです、たった一週間の間、インターネットにずっといる私に、どんどん砕けた話し方になって、生活の一部を直接的ではなく、見ることができる。
確か一昔前はこれがなくて、手紙や電話でのやり取りが主流でしたね。
以前裁判所に来た例でいうと、電話代がかかってしまって自殺してしまった子が来たことがあったのですが、今は電話代すら定額だとか。勿論、インターネットも。
あの子もこの時代だったなら生きていられたのでしょうか?まあそんなことはいいです。
携帯電話は、彼が持っていました。触らせてもらいましたが、全く使い方が分かりません。人は器用なんですね。
私の中のひと昔は、千年くらいは軽く前なんですけど、ここでいうひと昔は、十年です。
年月の流れが目まぐるしくて、こちらで主流の英語ですら略されていて、日本語は勿論、英語まで再度覚え直すのに困りました。
顔文字と言い回しまで変わっているだなんて、困ります!顔文字の存在だってこの前やっと知ったばかりなのに!
私の持っている本には、私たちにしか分からない言語で書かれているので、そういう不自由さは味わうことはなかったのです。
一見二十代後半の、黒髪のロシア人…今思うとなんだか設定が変ですね。そこは彼が上手くあとづけをしてくれたので助かりました。
そのロシア人の私は、数日たってオフ会なるものに連れていかれました。
後で彼につねられそうですが、私は異性も同性も気を惹くタイプらしいですね、嬉しいです。
昔でしたら異人さんとして忌嫌われていたはずなんですけど、時代が変わったんですね、珍しさに沢山声かけられました。
まずは皆と居酒屋へ。
恥ずかしいですが、私はお酒をたしなんだことがありませんでした。
なので、彼に無理やりビールを飲まされました。喉がひりひりしました。少し飲んだだけで、頭がくらくらしました。
私が知っているのは白酒やワイン程度なので。本当にお酒に無知なのです。
話は大変楽しかった。歴史のゲーム、参考書にあるような歴史の話、家の作りから武士たちの役割。
会ってなおさら盛り上がるお互いの行動について。
…楽しかったのですが、そのあと私は少し孤独を感じました。
彼らの性別から年齢、本名を、会うまで知らなかったのです。
しばらく誰が誰か一致せず、困りました。
なので、冒頭のおかしい世界というのはこれをさすんです。
下手をすると、本名、住む場所の詳細なんて誰も知らない。また、私の住む国や大まかな場所は聞いても、詳しいことまで突っ込んできかない。
正行の裁判の際に彼が行っていたことはこのことだったのですね。
勿論、私は設定づけをされているので、それを言うだけですが、これが彼らの日常なんですね。
その設定づけすら気軽には言うなと彼に強くいわれました。友達なのに?住んでる場所と名前を言ってはならないと。
働いている先の人たちなら別でしょうが、仲間と気軽に呼ぶ彼らは、お互いの年齢も、誕生日も、本名も、住む場所も、家族構成も。
それを飛ばして仲良くなってしまうのですね。
こそりと隣の彼に来ました。これが常ですか、と。
軽く頷いて、彼は説明をしてくれました。
相手は会うまで何も知らない、知る手掛かりは、相手のHP、日記、プロフィール。
時々写真が載っていればそれで知る程度だとか。
オンラインで公開している日記になにが書かれていますか?
その日の大雑把な行動、地名をぼかしての場所で、なにを買った。
それでなにを知れといわれたら困るのですが、これも慣れだと彼に言われてしまいました。
慣れ?私には麻痺という言葉が正しいと思いましたが、説教臭くなると怒られたので、あまり言わないでおきます。
あって初めて性別が判明する方も。
相手方も、私が彼とどのような間柄か、どんなことをよく話のかはその時に初めて知る。
裁判所の話をしたら、他の彼らは全くわからなかったようで、彼に『うっかり喋るな』と頬をつねられました。痛いです。全力でつねられました。
そしてオフ会を終えて帰り、またネットを見る。
なかには仕事先が見つからない、と愚痴る人。
ネット上では如何にも充実した人生を送っているかに見えた人が、酔っ払って愚痴をこぼしていました。上司や同僚の人あたりが辛い、仕事がつまって寝る暇もない。
翳りのある顔、どこか生気がない様子は私はすぐに分かります。
案の定です。その人は私がその地を発つ直前に亡くなりました。
なのでこちら…裁判所で会った時、驚かれてしまいました。
来たこと自体はいいのですが、私の持つ黒い本にはその人の悪事が事細かに全て忠実にかかれています。
白い本にはその人の善行が事細かに。
本には、まず私の方には、出身や年齢や育ち、全て書かれてあります。
ですが、本に書かれている内容と、ネットで見たその人の日記やプロフィール、それを照らし合わせて、思わず首をひねりました。
その人は出身地は勿論、育った経緯、学生生活、その後の暮らし何から何まで作り上げていた。インターネットという虚構の世界で。
インターネットでは随分といいランクの学校を出たと。世界的に見て、です。海外の大学を首席で卒業したんだといっていました。
住んでいる場所は東京、働いている場所も大手の会社。
私は、その場は信じてしまいましたが、彼から言わせればすぐに嘘と分かるそうですよ。
中々難しいですね。
私は人を信じやすいのでしょうか、たまには疑うことも必要ですね、修行が足りません。
何故そうまでして嘘をついたと裁判所で私は聞きました。
友人としてでなく、ただの裁判員の一人として。
その人は泣きながら言いました。
『下に見られたくない。皆に馬鹿にされたくない。育ちや学歴が悪いだけで見下されたくない。だから作り上げた』と。
友人というものは全てをさらけ出せる間柄ではないのですか?少なくとも、彼と私はそういう間柄です。
悩んでいれば相談に乗ってもらえますし、新しい仲間が加わればその話を。
嘘はほぼ言わないのです。悪魔と呼ばれている私たちが。
人はとてもプライドが高く繊細です。年代や国にもよりますが。
なかにはとんでもなく図太くて飽きれてしまうほどの人もいますが。えっ、リージのことだなんて言ってませんよ。
インターネットの世界で作り上げた友人関係、それらに対して嘘をついていたのですね。
嘘なんてどうでもいいですが、最初のオフ会の後何度も会いました。
日記では楽しく楽しく、友達が沢山だと。休みの日は遊びに行って、欲しいものを買う。
その人が、本に書かれていることをそのまま言えば、一人ずっと外に出ないで暮らしていました。
日記は大げさに書いていただけです。
その人は結局どうなったかというと、悪いことは特にしていませんが、自殺をした…つまり自分を殺したわけですから、話し合いの結果、地獄へ行っていただきました。
ただし罰なんてほとんどなく、すぐ輪廻しますけれどね。
虚構の世界。虚構の世界は夢でもなくリアルでもなく、そこに新たな自分を作る。
人によっては素のままを、人によっては作り上げた理想の自分を。
プライドを気にして、会う時も何もかも。
一人でさみしいことなんて書けもせず。
その裁判の後、彼に聞きました。
日記とは何ですか。私が知っている日記は、自分の本心を語るノートの様なもの。
それを偽って書くことに何の意味があるのですか、と。
彼は真顔で私が問うのがおかしかったのか、質問内容がおかしかったのか。
ひたすら笑っていましたが、ひとしきり笑った後、『だからこの時代が面白いんだよ』と、流されてしまいました。
性格も若干悪いところは知ってますが、その笑い方に口調、全て見透かしたような目に、さすがに引いてしまいました。
その後煮えたぎる血の海を崖の上から眺めて、ポツリ、と話してくれました。
私たちが接していた彼らは、ほぼ全員が心の内を隠していました。
ここら辺はまだその人たち全員がやってきてないので、彼の憶測ですが…、ただ、彼は人の心を覗き見るのが大好きなので、分かるみたいです。
日記なんてものは、ただの報告書の様なもの。
一人誰にも相談できずに悩み、やがて緩やかな死を求めて動き出す。
心が病んでいるならそれを書けばいいのにと私が言えば、また言われました。
『そんなことすりゃ、あいつと関わりたくないっていうんだ』そう毒づく彼は、少し寂しそうでした。
ではどこでストレスを発散するのか?
会社で疲れ、家では寝て、ネットでの交流は見栄を張る。
なにをそこまでするのだろう。
だから、病院というものが存在すると。
私の知る病院は、人を治すためのもの。色々な成分の物を人にうまく作用するようにして、それを相手につけたり飲ませて、治療するための場所。
ですが、それは今の世の中では、場所によってはただ金をむしり取るだけで、依存性のある強い薬を提供す場所もあるようです。
それどころか、ある国では死を促すための薬もあるそうです。安楽死とはまた違ったものだといわれました。
その病院もやがて信頼できなくなって、アレに行くわけです。
匿名での大型掲示板。私が飽きたといって怒られたアレです。
そこで名も知らぬ人相手に愚痴を吐き、呟き、賛同を貰い、たまに反対をされてそして絶望する。
世界の仕組みが随分と変わっているのですね。
これはこれで面白い世界ですが、私はあまり好みません。
見た目で人を判断しないといけない、インターネットは分からない。
全員が全員というわけではないですが。
当然その地獄行きの人も、私が人間ではないことは当然ですが、設定した『本名』も知らず、日本語のできる、日本が好きな外人としかしらなかった分からなかった。
ハンドルネームと、彼とのやり取り、その程度で判断していたそうです。
孤独に埋もれてその人が生きてきたなんて、会っただけではあまり分かりませんでした。
そのうえで友人という言葉を軽々しく使うものかと思うと、ため息が出てしまいます。
作り上げられた世界で、私に本当の友達は何人いたのでしょう。
その人が自殺に踏み切るまで、相当悩み事があったはず、それをほとんど見せずに過ごしてきたのです。
また、私が虚構世界で暮らす彼らのことをなにを分かったのでしょう。
私が悩めば悩むほど、隣で血の海を見下ろしていた彼は面白そうに笑いました。
彼らは仮面をかぶって生活している。
変な世界です。
彼にとっては楽しいのでしょうが、私の様な真面目と呼ばれる人間には、疲れる世界でした。
ただそれだけです。
おっと、失礼します、そろそろ次の裁判の時間です。
裁判が終わったら、次はどこに行きましょう!
あの服は持っているので、また行きたいです。日本も面白いですけれど、次はインドやアメリカにも行ってみたいです。
最近は物騒らしいですが、フランスもいいですね。設定づけされたロシアにも行ってみたいです。
寒いところはあまり好きではないので、暖かい場所がいいのですが。
たった数年で世界がらりと変わるらしいので、ちょくちょく行くことにしようと思っています。その時は勿論、彼に教えてもらいながら。
…すみません、正直、私は少しだけ、複雑なあの世界が気にいりました。
私も悪魔と呼ばれる一種ですから。
終
2012年6月28日木曜日
2012年6月21日木曜日
2012年6月19日火曜日
無計画リレー小説 第拾話
あやまり堂
【各話おさらい】
無計画リレー小説について
1話 2話 3話 4話 5話
6話 7話 8話 9話
【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
唯一髪‥‥モヒカン。
美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。
**********
美園軍司が敵の大軍へ突入し、真ん中で大暴れしている間、
勇太たちの前に、すだちの頭を持った少年がやって来た。
「やあ、僕はすだちくん。徳島県のマスコットさ。よろしくね」
赤いマントをひるがえし、にこにこと笑いながら、緑色の怪人はえっへんと胸を反らした。
「ほら、第六話だったかな。ぎゅうって絞られて、ぱらぱらと空から降ってきたのがあったでしょう。
あれ、僕だったんだ」
「……」
「何て言うか、別にこの形を取る必要はなかったんだけどね。
でもさまざまな条件で、僕はこの姿になった。展開によってはミニスカートをはいて、
惜しげも無く太ももをさらす萌えキャラになっていたかもしれないけど……、仕方ないね」
彼方では、美園軍司が金色の光を帯びながら、化物どもを次々と打ち据えている。
一撃で、数十人の敵がぶっ飛んだ。
ネギに白菜、大根、苺。軍司が振り回すたび、敵がボコボコだ。
もう、何が何だか分らない。
「強いね、彼は」
すだちくんは言った。
二人の困惑など完全に無視している。
「君が考えたのだから、美園軍司が無敵の超人になるのも当然さ。
でもそれで、次はどうするんだい? もちろん、このまま終ることもできる」
「どうするって……?」
「みんな飽きちゃったのか、手に負えないとしたのか、とにかくリレーが続かなくなっちゃったからね。
僕はそれで出てきたんだ。このまま尻すぼみで消えるのは、僕としては気持悪いからね」
「そんなこと……」
私たちに分るわけがない、とさおりは言った。
「私たちは無力だから」
「そうだね、無力だ。でももちろん僕だって無力さ。誰かが続けてくれないと先へ行けないのだから」
「でもこんなことは前にもあった。六話から七話に進むのに、一ヶ月半もかかった」
「それは違う。その期間は、書き手の中で物語の展開、つまり無計画性が揺れていた時間だ。
次の書き手が一ヶ月も名乗り出ないのは、今回が初めてだよ」
「すだちくんは――」
勇太が呼びかけると、途端に白目を剥いて振り返った。
「あ、呼び捨てか?」
「……」
勇太、さおりと目を見合わせて、
「えと、すだちくんさんは――」
「うん、何だい?」
「何ていうか、上位の存在なの? メタ存在っていうか……」
「意味が分らないな。僕は単にこの世界で語られているものに過ぎない。
複数の階層に存在する複数のジョイスも、あそこで戦う軍司も、君の祖父の繁も、
結局は、語られている世界内の存在に過ぎない」
すだちくんはすべてをひっくるめて、解決しようとしている。
強引に。
「ここで物語を終えるなら、そうだね、美園軍司はあのまますべての敵を撃破して、
ついでに世界の殻も破って外へ飛び出して行くだろう。
あるいは唐突に巨大化した君が、世界を崩壊させても良い。君たち二人の愛で世界を包むことも可能だ。
つまり僕という存在が現れた以上、この世界はどういう要素をもとにしても、終ることができる。
むろんそれは、第二話で提起された『勝つか負けるか』という観点からは『負け』になるけどね」
「じゃあ、終らないことにしたら……?」
「物語が続くのなら、僕はこの世界を浄化する。
僕の香りなら、前に怪物を退治した時みたいに、この混沌とした世界を清めることができるからね。
当然、それをひとつの終りとすることも可能だ」
「そう、すだちは香り……」
さおりが呟いた。
かすかに、喘ぐように。
青果店の娘として、父親が戦うのを見ていられないのかもしれない。
肩をふるわせ、前へと進みながら、
「すだちは、香り成分が多く、深いのが特徴。
レモンを遙かにしのぐ、そのすがすがしい香りは12種類のモノテルペン類の複合香からなり、
他の柑橘類には含まれない『スダチチン』『デメトキシスタチチン』さえも含んでいる……」
そしてさおりは泣いた。
「お願い、すだちくん! この世界を、すだちの香りで満たして!」
「了解だ。じゃあ、きっと誰かがまた続きを書いてくれることを祈って、僕は僕を絞るよ」
そう言うと、すだちくんは右手を高く掲げ、ぴょんと飛び上がった。
そう。
彼はもともと、東四国の国体キャラクターに過ぎなかった。
暫定的な存在。
それどころか、応募1574作のうち、一次審査で落とされたキャラクターなのである。
だが見出されるやたちまち人気者となり、今や全国的な知名度を誇るに至った。
東京、目黒のさんま祭りにもこの十年ほど、毎年登場している。
ちなみに宿敵は、かぼすちゃん。
大分県特産の、紛らわしい奴である。
「すだち、シャワーッ!」
上空で、すだちくんが両手両足を伸ばし、叫んだ。
そして空中でぐるぐる急速回転し始めると同時に、戦場へ雨が降り注ぎ、
すっぱい、強い芳香が広がるのである。
「アルファ・リモネン……」
さおりが呟いた。
頬を伝うのは涙か、すだちか。
リモネンの醸し出す香気には、心気を整え、ストレスを緩和する効果がある。
そして柑橘類が持つクエン酸には、疲労回復、美肌効果があった。
すなわち、すだちの香り広がる戦場に、やすらぎが訪れた。
おぞましい世界がおだやかに、安らかに沈んで行く。
勇太たちを取り囲む大軍勢も、それと戦う軍司の姿も、曖昧に、あやふやに消えて行く。
世界が消える。
……やがて勇太たちは、あのなつかしくも陰気な古本屋に戻った。
そこはつまり、終幕と継続の狭間である。
( )
※作者註:かぼすちゃんは、存在しません。
【各話おさらい】
無計画リレー小説について
1話 2話 3話 4話 5話
6話 7話 8話 9話
【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
唯一髪‥‥モヒカン。
美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。
**********
美園軍司が敵の大軍へ突入し、真ん中で大暴れしている間、
勇太たちの前に、すだちの頭を持った少年がやって来た。
「やあ、僕はすだちくん。徳島県のマスコットさ。よろしくね」
赤いマントをひるがえし、にこにこと笑いながら、緑色の怪人はえっへんと胸を反らした。
「ほら、第六話だったかな。ぎゅうって絞られて、ぱらぱらと空から降ってきたのがあったでしょう。
あれ、僕だったんだ」
「……」
「何て言うか、別にこの形を取る必要はなかったんだけどね。
でもさまざまな条件で、僕はこの姿になった。展開によってはミニスカートをはいて、
惜しげも無く太ももをさらす萌えキャラになっていたかもしれないけど……、仕方ないね」
彼方では、美園軍司が金色の光を帯びながら、化物どもを次々と打ち据えている。
一撃で、数十人の敵がぶっ飛んだ。
ネギに白菜、大根、苺。軍司が振り回すたび、敵がボコボコだ。
もう、何が何だか分らない。
「強いね、彼は」
すだちくんは言った。
二人の困惑など完全に無視している。
「君が考えたのだから、美園軍司が無敵の超人になるのも当然さ。
でもそれで、次はどうするんだい? もちろん、このまま終ることもできる」
「どうするって……?」
「みんな飽きちゃったのか、手に負えないとしたのか、とにかくリレーが続かなくなっちゃったからね。
僕はそれで出てきたんだ。このまま尻すぼみで消えるのは、僕としては気持悪いからね」
「そんなこと……」
私たちに分るわけがない、とさおりは言った。
「私たちは無力だから」
「そうだね、無力だ。でももちろん僕だって無力さ。誰かが続けてくれないと先へ行けないのだから」
「でもこんなことは前にもあった。六話から七話に進むのに、一ヶ月半もかかった」
「それは違う。その期間は、書き手の中で物語の展開、つまり無計画性が揺れていた時間だ。
次の書き手が一ヶ月も名乗り出ないのは、今回が初めてだよ」
「すだちくんは――」
勇太が呼びかけると、途端に白目を剥いて振り返った。
「あ、呼び捨てか?」
「……」
勇太、さおりと目を見合わせて、
「えと、すだちくんさんは――」
「うん、何だい?」
「何ていうか、上位の存在なの? メタ存在っていうか……」
「意味が分らないな。僕は単にこの世界で語られているものに過ぎない。
複数の階層に存在する複数のジョイスも、あそこで戦う軍司も、君の祖父の繁も、
結局は、語られている世界内の存在に過ぎない」
すだちくんはすべてをひっくるめて、解決しようとしている。
強引に。
「ここで物語を終えるなら、そうだね、美園軍司はあのまますべての敵を撃破して、
ついでに世界の殻も破って外へ飛び出して行くだろう。
あるいは唐突に巨大化した君が、世界を崩壊させても良い。君たち二人の愛で世界を包むことも可能だ。
つまり僕という存在が現れた以上、この世界はどういう要素をもとにしても、終ることができる。
むろんそれは、第二話で提起された『勝つか負けるか』という観点からは『負け』になるけどね」
「じゃあ、終らないことにしたら……?」
「物語が続くのなら、僕はこの世界を浄化する。
僕の香りなら、前に怪物を退治した時みたいに、この混沌とした世界を清めることができるからね。
当然、それをひとつの終りとすることも可能だ」
「そう、すだちは香り……」
さおりが呟いた。
かすかに、喘ぐように。
青果店の娘として、父親が戦うのを見ていられないのかもしれない。
肩をふるわせ、前へと進みながら、
「すだちは、香り成分が多く、深いのが特徴。
レモンを遙かにしのぐ、そのすがすがしい香りは12種類のモノテルペン類の複合香からなり、
他の柑橘類には含まれない『スダチチン』『デメトキシスタチチン』さえも含んでいる……」
そしてさおりは泣いた。
「お願い、すだちくん! この世界を、すだちの香りで満たして!」
「了解だ。じゃあ、きっと誰かがまた続きを書いてくれることを祈って、僕は僕を絞るよ」
そう言うと、すだちくんは右手を高く掲げ、ぴょんと飛び上がった。
そう。
彼はもともと、東四国の国体キャラクターに過ぎなかった。
暫定的な存在。
それどころか、応募1574作のうち、一次審査で落とされたキャラクターなのである。
だが見出されるやたちまち人気者となり、今や全国的な知名度を誇るに至った。
東京、目黒のさんま祭りにもこの十年ほど、毎年登場している。
ちなみに宿敵は、かぼすちゃん。
大分県特産の、紛らわしい奴である。
「すだち、シャワーッ!」
上空で、すだちくんが両手両足を伸ばし、叫んだ。
そして空中でぐるぐる急速回転し始めると同時に、戦場へ雨が降り注ぎ、
すっぱい、強い芳香が広がるのである。
「アルファ・リモネン……」
さおりが呟いた。
頬を伝うのは涙か、すだちか。
リモネンの醸し出す香気には、心気を整え、ストレスを緩和する効果がある。
そして柑橘類が持つクエン酸には、疲労回復、美肌効果があった。
すなわち、すだちの香り広がる戦場に、やすらぎが訪れた。
おぞましい世界がおだやかに、安らかに沈んで行く。
勇太たちを取り囲む大軍勢も、それと戦う軍司の姿も、曖昧に、あやふやに消えて行く。
世界が消える。
……やがて勇太たちは、あのなつかしくも陰気な古本屋に戻った。
そこはつまり、終幕と継続の狭間である。
( )
※作者註:かぼすちゃんは、存在しません。
2012年6月5日火曜日
10分ついのべバトル 跡地
日時
夜の部:6/15 23:00~23:10 お題は雨でした。
昼の部:6/16 13:00~13:10 お題は温でした。
参加資格
Twitterのアカウント持ってる方ならどなたでも
ルール
出されたお題にそったついのべを10分間で書く
参加意思表示としてハッシュタグ #10MTWN をつけてください。
タイムスケジュール
23:00/13:00 お題発表・執筆開始
お題発表は本記事と茶屋がtwitter(chayakyu)でつぶやきます。
↓ 執筆
23:10/13:10 終了
↓
まとめ発表
夜の部 まとめ
http://togetter.com/li/321266
昼の部まとめ
http://togetter.com/li/321523
ファボ数/RT数などを集計して、順位を発表します(日曜夜に集計作業)。
賞金・賞品などは御座いません。
ご意見等お待ちしております。
2012年6月3日日曜日
未来の話
これは未来のお話。
子供の頃の僕にとって遥か未来の話。
結局やって来なかった未来の話。
例えば人類が宇宙に移住して、ロボットが家事をしている。テレビ電話はもう古くて、立体映像が標準だ。
例えば巨大なロボットが宇宙怪獣から地球の平和を守っていたりする。人間同士の戦いなんてもう古臭い。
まあ、そんな未来はやって来なかったわけで、当分やって来そうにもない。
子供の頃は時間が長くて、この「今」は随分先に感じられたものだ。
だから、その「今」にたどり着くまでの間に、きっと猫型ロボットとか、空飛ぶ車とかができるもんだって変な確信があったんだよ。
でも、意外と時の流れは早くなっていって、あれよあれよという間に僕を飲み込んでいったんだ。
僕は半ば溺れるようにして、時間の急流を流された。
ロボットの誕生を過ぎ去り、宇宙へと引っ越す日時を過ぎ去った。子供の頃思い描いていた未来はいつの間にか過去になって、今の僕にとっての未来は小規模な希望と不安の世界。
きっと人類は進歩するだろうし、何だかんだで未来には近づいていっているんだと思う。
それがどんな形で実現するにしろ、僕はそれにどんな気持ちで接するのだろう。
それまで生きていられるだろうか?
僕は未来の為に戦っている。
我らが未来へ侵攻せしは別のものが抱きし未来。
これは未来と未来の戦争で、その過去である現代と現代が最前線である。
他人の未来を叩き潰し、侵略してでも僕たちは僕達の未来を実現させてみせる。
進軍せよ、我らが戦闘ロボット。
迎撃せよ、魔法のような道具をもった青猫よ。
勝利せよ、人類が地球という束縛から逃れるために。
僕は鋼の鎧に身を包み、奇跡を操る狂信者達に立ち向かう。
僕は銃を構え、我らの力を削ごうとする自然人達を撃ち殺す。
僕は現状維持派の古臭い武器を握りつぶし、破滅主義者の自己犠牲的猛攻を跳ね除ける。
漁夫の利を狙う相対主義者たちは仮初の中立の中で、いずれ瓦解するであろう。
これは未来をかけた戦い。
未来が存在する限り、
人類が一つである限り、
永劫に続く戦いである。
2012年6月2日土曜日
半鐘を鳴らす手・完結篇
俺たちは現状維持に気を配りつつ、横目で今井の姿を追う。
今井は疾走し、敢闘門そばまでたどり着いた。だが自転車はタイヤを擦りつつ、壁に激突する。
今井は落車して転がった。
俺たちの自転車、ピストにはブレーキが付いてない。今の状況下では壁に当たって止まるしかなかった。ここまでは今井も計算していたはずだ。しかし、アイツは運がなかった。
落車したときに足をひねったらしい。
「今井!」
「いま行くぞ、今井!」
俺と立川さんは叫んだ。
俺たちは裏切り者であろうと、今井を助けたかった。
危険を承知で、打撃の手を一方向に集中する。俺たちはわずかに今井に近づいた。だが、痛みを感じない様子のゾンビたちが、すぐに立ちふさがる。
今井は立ち上がったが、のろのろとびっこを引きながら門へ向かう。
そこを黒服の運営員に捕まった。さらに、赤シャツの競輪選手が今井の肩を押さえ、肉に噛み付く。
そばの階段から、破れたスーツを着た者や、他の競輪選手が上がってきて、今井に群がった。一度捕まれば終わりだ。
「うわぁあああああっ!」
今井の絶叫が響き渡る。
俺たちの周りのゾンビが、それを耳にしてよだれをたらし、注意を今井に向けた。
立川さんが声を張る。
「今井の犠牲を無駄にするな! 一発食らわしたあと、門までダッシュだ!」
立川さんは、今井の裏切りを美談に変えた。細かいことにこだわる必要はない。
俺は号令を出した。
「いまだ!」
俺たちは自転車を振るい、レンチで殴りつけ、最初の囲みを突破した。
俺たちは駆ける。
進路上に存在するゾンビは、こちらか今井か躊躇した隙に殴り飛ばす。
うまく行っている。今井の新鮮な血の臭いが、奴らをかく乱しているに違いない。
ゾンビたちが群がり咀嚼する、今井の近くを通り過ぎた。今井はひどい有様だった。首が外されていたので、もう蘇ることもないのかもしれない。
貪欲な二体のゾンビが、俺たちを目にして立ち上がった。他に追ってくる者もいた。
だが、その時俺はたどり着いていた。
白く輝く敢闘門に。
俺の背後で、村田がゾンビを打ち据えながら言った。
「開けろ、知己島!」
敢闘門には、目の高さの位置に外を覗ける隙間が付いている。
だから俺には見えていた。
それでも俺は敢闘門の右半分を引き開けた。
そして、絶望とともに呟くしかなかった。
「もう……逃げ場がない……」
強烈な腐敗臭が鼻をつきぬける。
バンクを取り巻く無人のはずの観客席には、おびただしい数の生ける死者がうろついていた。目の前の競技バンクはドームの二階にあり、その内側はすっぽりと抜けている。床が一階にあるアリーナだ。そこも爛れ傷ついたゾンビたちでいっぱいだった。
俺たちの晴れ舞台、バンクの上も。
そこかしこに小さな群れができ、競輪選手や審判員が、倒れた仲間を喰らっていた。
誰がドームへの入り口を開けたのかは、もはや問題じゃなかった。
この北九州メディアドームの外、小倉北区の市街は、すでに奴らが溢れているのだった。
俺たちが宿舎に入ったころには、静かに始まっていたに違いない。
小倉では暴力事件が多くなっているようだから気をつけろ、と注意されていた。
俺は、いつものことだと気にしなかったが、それは前兆だったのかもしれない。
今晩、この今、臨界点に達し、迸るように街を支配した腐敗と飢餓の。
どよめきのような唸り声がドームを満たしているせいで、気付くのが遅れた。
俺は唐突に左足をつかまれ、アキレス腱を食いちぎられた。
足のないゾンビが、敢闘門の裏側に潜んでいたのだった。
「畜生が!」
俺は激痛が襲ってくる前に、そいつの頭を蹴り飛ばした。身体を支えきれずに倒れる。
「よくも知己島を!」
村田が横に飛び出してきて、フレームでその頭を刺し貫いた。
俺は左足全体に広がる痛みに起き上がれず、脂汗をかいてうめく。
立川さんと安達が飛び出してきて、門の左右に回る。門を閉じ、端から押さえて開かないようにした。
村田が肩を貸して立たせてくれた。
「しっかりしろ、一口やられただけだ!」
「ああ、ああ」
俺はなんとか答えたが、痛みは左半身に広がり、痺れかけていた。こんなのは普通じゃない。もう、長くはないと直感した。
敢闘門が内側から激しく連打される。
門を押さえながら、立川さんが言う。
「どうする? 外も奴らでいっぱいだ、逃げ場がない!」
「でも、外に出ないと助かりません!」
村田が怒鳴り返した。
敢闘門がたわみ始め、安達が悲鳴のような声を出す。
「ここも、もう持ちません!」
この騒ぎで、バンク上でもこっちに気付いたゾンビが出てきた。
俺は言った。
「やづらがきづいだ……」
自分の言葉に衝撃を受けた。口が回らなくなっている。
立川さんが諦めたように門から離れた。
「ここはダメだ。バンクのほうに下がろう。安達、離れろ!」
俺たち四人は再び固まり、周囲に目を配りながら、ゾンビのいない方、バンクの内側へ移動していった。
俺は村田に支えられてついていく。
「ふんばれ、知己島。俺たちは助かる、助かる……」
村田の励ましが、俺の意識をつなぎ止めていた。村田は頼りがいのある奴だ。うまそうな腕をしているだけはある。
俺は一瞬の連想を打ち消した。
「うぐぅぅぅぅ……」
唸って人間の魂を奮い起こす。友情を思い出す。
バンクを横切ったところで立川さんが動きを止め、小声で言った。
「……どこへ……行く?」
俺たちはバンクの内側で追い詰められていた。血まみれの腐りかけた奴らにぐるりと囲まれ、そいつらが呻きとともに輪をせばめてくる。
敢闘門もこじ開けられ、中からゾンビたちが溢れ出す。
奴らにも感情の名残りがあるのだろうか。俺たちに逃れる術がないと知り、まるでこの状況を楽しんでいるように、ゆっくりと近づいてくる。
このままでは誰も助からない。
俺は決意した。
「お、おでがおどりに……なる!」
そう言って振り上げたレンチが固いものにあたり、甲高い音が響いた。
レンチが、釣鐘型の半鐘に当たっていた。小倉競輪場だった時代から引き継がれ、中央が虹を意味する五色、アルカンシェルに塗られた半鐘は、俺の後ろに吊り下げられていた。
その音が鳴り渡った瞬間、生ける死者たちの唸りが止み、動きが止まった。
俺たちも息を呑む。
それから、俺の頭がまだ機能することを、何かに感謝した。
俺はレンチで半鐘を続けざまに打ち鳴らした。ちょうどレースで最後の一周が始まるときのように。
「ヴおおっ、ヴホッ……」
「オオオッ、ボホォ……」
半鐘の響きに連れて、ゾンビたちに動揺が走る。俺たちに対する興味をそがれたように、濁った目で辺りを見回している。
俺はさらにレンチを振るった。
「ヴホッ、ヴオオオッ」
口々に喘ぎながら、元競輪選手だった屍たちが、とうとう自転車に手をかけ始める。
そして生前とは比べられない拙さだったが、自転車でバンクをよろよろと走り始めた。
「オオオオオッ!」
足が完全じゃなくなっている者たちは、地面を叩きながら悔しそうに唸る。
「どういうこった……」
「何をした、知己島?」
安達と立川さんが呆然と呟く。
俺には分かっていた。失くしかけの人間性からの最後の贈り物に違いない。
周囲に存在する腐りかけの者たちは、死してなお、このメディアドームに引き寄せられてきた。生前は相当な競輪好きだったはずだ。
さらに競輪関係者なら、この鐘の音を聞いて奮い立たないわけがなかった。
溶けかけの脳から、魂の残渣を蘇らせる。
かき鳴らされるジャンの連打には、その力があったのだ。
俺の身体からは痛みが消え失せ、ふわふわとした麻痺感に包まれていた。ただ、飢えと乾きだけがだんだんと募ってくる。
もう自力で立っていられるので、村田の腕を振りほどいて言った。
「むらだ……」
半鐘の音で聞こえなかったらしく、村田は顔を近づけてきた。思わず、よだれが湧いてくる。俺はこちら側に踏みとどまりながら言葉をつむぐ。
「むらだ、いまならいげる……じか通路から宿舎に逃げろ……おではのごる……」
敢闘門からは、残った競輪選手が自転車で出てきてバンクを走り始めていた。運営員やスーツを着た関係者の何人かも自転車に乗っている。彼らも観衆の見守るバンクを走りたかったのだろう。
他のゾンビたちは低くのどを鳴らしながら、よろよろと走る自転車を惚けたように見つめる。
村田が肩をつかんできた。
「知己島、おまえをおいていけるか!」
俺はもう、いつまで喋れるか分からない。
半分だけ欲望に従い、歯をむき出して言った。
「おまえを食いだい」
村田は一瞬目を見開き、それから後ろを振り返って、安達と立川さんに何事か伝えた。
半鐘の音と死者の唸りが混ざる中、安達が無言で俺に頭を下げた。立川さんは目を閉じ、俺に向かって合掌する。
村田が大声で訊いてきた。
「最後にできることはないか、知己島」
俺の飢えは限界に近かった。正直に言わずにいられなかった。
「腕を一本おいでいげ……ゆびざきでもいい……ちょっどでいいんだ……」
村田はうつむき、目からうまそうな汁を流しながら言った。
「腕はやれん、知己島。だが、おまえのことは一生忘れない!」
「そうが……いげ……」
俺は心底がっかりしたが、まだ分別はわずかに残っていた。
村田は口元を押さえながら、安達と立川さんを促して敢闘門へ向かった。
ゾンビたちは目もくれない。
俺の肉たちが遠ざかっていく。俺の肉、俺の大事な肉……だからこそ守らなければならない。俺は欲望と魂の狭間で叫んだ。
「ヴぉおおおおおおおおッ!」
首をのけぞらせて叫びながら、必死に半鐘を叩き続けた。
腐りかけの観衆が見守るなか、血みどろで傷だらけのレーサーたちがバンクを回る。膿と内臓をこぼしながら。
村田たちがどうなるのか分からない。
だが、俺は続けなければならなかった。
このメディアドームで最後の競輪を。おそらく北九州で最後の競輪を。
もしかしたら、地上で最後かもしれないミッドナイト競輪を。
この半鐘を鳴らす手が、腐り落ちるまで。
すべてが無害に腐り果てるまで……。
「半鐘を鳴らす手」もしくは「ミッドナイト競輪of The Dead」完
無計画書房版特別エンディング
すべての惨劇は過ぎ去った。
小倉の街は静かな朝を迎える。
街のいたるところ、通りの隅々に干からびた無害な屍が横たわる。
息吹の気配が無いなかでも太陽は昇り、北九州メディアドームを照らした。
自転車競技に使われるヘルメットを模ったといわれる、滑らかなフォルムが白銀に輝く。
そのメディアドームを望みながら、一人の男が歌っていた。
がっしりした肩から吊り下げたギターを、無心にかき鳴らしながら。
オーイ 夢のラップもういっちょ
さあ 夢のラップもういっちょ
弔いの歌は風に乗り、孤独に流れていった。
今井は疾走し、敢闘門そばまでたどり着いた。だが自転車はタイヤを擦りつつ、壁に激突する。
今井は落車して転がった。
俺たちの自転車、ピストにはブレーキが付いてない。今の状況下では壁に当たって止まるしかなかった。ここまでは今井も計算していたはずだ。しかし、アイツは運がなかった。
落車したときに足をひねったらしい。
「今井!」
「いま行くぞ、今井!」
俺と立川さんは叫んだ。
俺たちは裏切り者であろうと、今井を助けたかった。
危険を承知で、打撃の手を一方向に集中する。俺たちはわずかに今井に近づいた。だが、痛みを感じない様子のゾンビたちが、すぐに立ちふさがる。
今井は立ち上がったが、のろのろとびっこを引きながら門へ向かう。
そこを黒服の運営員に捕まった。さらに、赤シャツの競輪選手が今井の肩を押さえ、肉に噛み付く。
そばの階段から、破れたスーツを着た者や、他の競輪選手が上がってきて、今井に群がった。一度捕まれば終わりだ。
「うわぁあああああっ!」
今井の絶叫が響き渡る。
俺たちの周りのゾンビが、それを耳にしてよだれをたらし、注意を今井に向けた。
立川さんが声を張る。
「今井の犠牲を無駄にするな! 一発食らわしたあと、門までダッシュだ!」
立川さんは、今井の裏切りを美談に変えた。細かいことにこだわる必要はない。
俺は号令を出した。
「いまだ!」
俺たちは自転車を振るい、レンチで殴りつけ、最初の囲みを突破した。
俺たちは駆ける。
進路上に存在するゾンビは、こちらか今井か躊躇した隙に殴り飛ばす。
うまく行っている。今井の新鮮な血の臭いが、奴らをかく乱しているに違いない。
ゾンビたちが群がり咀嚼する、今井の近くを通り過ぎた。今井はひどい有様だった。首が外されていたので、もう蘇ることもないのかもしれない。
貪欲な二体のゾンビが、俺たちを目にして立ち上がった。他に追ってくる者もいた。
だが、その時俺はたどり着いていた。
白く輝く敢闘門に。
俺の背後で、村田がゾンビを打ち据えながら言った。
「開けろ、知己島!」
敢闘門には、目の高さの位置に外を覗ける隙間が付いている。
だから俺には見えていた。
それでも俺は敢闘門の右半分を引き開けた。
そして、絶望とともに呟くしかなかった。
「もう……逃げ場がない……」
強烈な腐敗臭が鼻をつきぬける。
バンクを取り巻く無人のはずの観客席には、おびただしい数の生ける死者がうろついていた。目の前の競技バンクはドームの二階にあり、その内側はすっぽりと抜けている。床が一階にあるアリーナだ。そこも爛れ傷ついたゾンビたちでいっぱいだった。
俺たちの晴れ舞台、バンクの上も。
そこかしこに小さな群れができ、競輪選手や審判員が、倒れた仲間を喰らっていた。
誰がドームへの入り口を開けたのかは、もはや問題じゃなかった。
この北九州メディアドームの外、小倉北区の市街は、すでに奴らが溢れているのだった。
俺たちが宿舎に入ったころには、静かに始まっていたに違いない。
小倉では暴力事件が多くなっているようだから気をつけろ、と注意されていた。
俺は、いつものことだと気にしなかったが、それは前兆だったのかもしれない。
今晩、この今、臨界点に達し、迸るように街を支配した腐敗と飢餓の。
どよめきのような唸り声がドームを満たしているせいで、気付くのが遅れた。
俺は唐突に左足をつかまれ、アキレス腱を食いちぎられた。
足のないゾンビが、敢闘門の裏側に潜んでいたのだった。
「畜生が!」
俺は激痛が襲ってくる前に、そいつの頭を蹴り飛ばした。身体を支えきれずに倒れる。
「よくも知己島を!」
村田が横に飛び出してきて、フレームでその頭を刺し貫いた。
俺は左足全体に広がる痛みに起き上がれず、脂汗をかいてうめく。
立川さんと安達が飛び出してきて、門の左右に回る。門を閉じ、端から押さえて開かないようにした。
村田が肩を貸して立たせてくれた。
「しっかりしろ、一口やられただけだ!」
「ああ、ああ」
俺はなんとか答えたが、痛みは左半身に広がり、痺れかけていた。こんなのは普通じゃない。もう、長くはないと直感した。
敢闘門が内側から激しく連打される。
門を押さえながら、立川さんが言う。
「どうする? 外も奴らでいっぱいだ、逃げ場がない!」
「でも、外に出ないと助かりません!」
村田が怒鳴り返した。
敢闘門がたわみ始め、安達が悲鳴のような声を出す。
「ここも、もう持ちません!」
この騒ぎで、バンク上でもこっちに気付いたゾンビが出てきた。
俺は言った。
「やづらがきづいだ……」
自分の言葉に衝撃を受けた。口が回らなくなっている。
立川さんが諦めたように門から離れた。
「ここはダメだ。バンクのほうに下がろう。安達、離れろ!」
俺たち四人は再び固まり、周囲に目を配りながら、ゾンビのいない方、バンクの内側へ移動していった。
俺は村田に支えられてついていく。
「ふんばれ、知己島。俺たちは助かる、助かる……」
村田の励ましが、俺の意識をつなぎ止めていた。村田は頼りがいのある奴だ。うまそうな腕をしているだけはある。
俺は一瞬の連想を打ち消した。
「うぐぅぅぅぅ……」
唸って人間の魂を奮い起こす。友情を思い出す。
バンクを横切ったところで立川さんが動きを止め、小声で言った。
「……どこへ……行く?」
俺たちはバンクの内側で追い詰められていた。血まみれの腐りかけた奴らにぐるりと囲まれ、そいつらが呻きとともに輪をせばめてくる。
敢闘門もこじ開けられ、中からゾンビたちが溢れ出す。
奴らにも感情の名残りがあるのだろうか。俺たちに逃れる術がないと知り、まるでこの状況を楽しんでいるように、ゆっくりと近づいてくる。
このままでは誰も助からない。
俺は決意した。
「お、おでがおどりに……なる!」
そう言って振り上げたレンチが固いものにあたり、甲高い音が響いた。
レンチが、釣鐘型の半鐘に当たっていた。小倉競輪場だった時代から引き継がれ、中央が虹を意味する五色、アルカンシェルに塗られた半鐘は、俺の後ろに吊り下げられていた。
その音が鳴り渡った瞬間、生ける死者たちの唸りが止み、動きが止まった。
俺たちも息を呑む。
それから、俺の頭がまだ機能することを、何かに感謝した。
俺はレンチで半鐘を続けざまに打ち鳴らした。ちょうどレースで最後の一周が始まるときのように。
「ヴおおっ、ヴホッ……」
「オオオッ、ボホォ……」
半鐘の響きに連れて、ゾンビたちに動揺が走る。俺たちに対する興味をそがれたように、濁った目で辺りを見回している。
俺はさらにレンチを振るった。
「ヴホッ、ヴオオオッ」
口々に喘ぎながら、元競輪選手だった屍たちが、とうとう自転車に手をかけ始める。
そして生前とは比べられない拙さだったが、自転車でバンクをよろよろと走り始めた。
「オオオオオッ!」
足が完全じゃなくなっている者たちは、地面を叩きながら悔しそうに唸る。
「どういうこった……」
「何をした、知己島?」
安達と立川さんが呆然と呟く。
俺には分かっていた。失くしかけの人間性からの最後の贈り物に違いない。
周囲に存在する腐りかけの者たちは、死してなお、このメディアドームに引き寄せられてきた。生前は相当な競輪好きだったはずだ。
さらに競輪関係者なら、この鐘の音を聞いて奮い立たないわけがなかった。
溶けかけの脳から、魂の残渣を蘇らせる。
かき鳴らされるジャンの連打には、その力があったのだ。
俺の身体からは痛みが消え失せ、ふわふわとした麻痺感に包まれていた。ただ、飢えと乾きだけがだんだんと募ってくる。
もう自力で立っていられるので、村田の腕を振りほどいて言った。
「むらだ……」
半鐘の音で聞こえなかったらしく、村田は顔を近づけてきた。思わず、よだれが湧いてくる。俺はこちら側に踏みとどまりながら言葉をつむぐ。
「むらだ、いまならいげる……じか通路から宿舎に逃げろ……おではのごる……」
敢闘門からは、残った競輪選手が自転車で出てきてバンクを走り始めていた。運営員やスーツを着た関係者の何人かも自転車に乗っている。彼らも観衆の見守るバンクを走りたかったのだろう。
他のゾンビたちは低くのどを鳴らしながら、よろよろと走る自転車を惚けたように見つめる。
村田が肩をつかんできた。
「知己島、おまえをおいていけるか!」
俺はもう、いつまで喋れるか分からない。
半分だけ欲望に従い、歯をむき出して言った。
「おまえを食いだい」
村田は一瞬目を見開き、それから後ろを振り返って、安達と立川さんに何事か伝えた。
半鐘の音と死者の唸りが混ざる中、安達が無言で俺に頭を下げた。立川さんは目を閉じ、俺に向かって合掌する。
村田が大声で訊いてきた。
「最後にできることはないか、知己島」
俺の飢えは限界に近かった。正直に言わずにいられなかった。
「腕を一本おいでいげ……ゆびざきでもいい……ちょっどでいいんだ……」
村田はうつむき、目からうまそうな汁を流しながら言った。
「腕はやれん、知己島。だが、おまえのことは一生忘れない!」
「そうが……いげ……」
俺は心底がっかりしたが、まだ分別はわずかに残っていた。
村田は口元を押さえながら、安達と立川さんを促して敢闘門へ向かった。
ゾンビたちは目もくれない。
俺の肉たちが遠ざかっていく。俺の肉、俺の大事な肉……だからこそ守らなければならない。俺は欲望と魂の狭間で叫んだ。
「ヴぉおおおおおおおおッ!」
首をのけぞらせて叫びながら、必死に半鐘を叩き続けた。
腐りかけの観衆が見守るなか、血みどろで傷だらけのレーサーたちがバンクを回る。膿と内臓をこぼしながら。
村田たちがどうなるのか分からない。
だが、俺は続けなければならなかった。
このメディアドームで最後の競輪を。おそらく北九州で最後の競輪を。
もしかしたら、地上で最後かもしれないミッドナイト競輪を。
この半鐘を鳴らす手が、腐り落ちるまで。
すべてが無害に腐り果てるまで……。
「半鐘を鳴らす手」もしくは「ミッドナイト競輪of The Dead」完
無計画書房版特別エンディング
すべての惨劇は過ぎ去った。
小倉の街は静かな朝を迎える。
街のいたるところ、通りの隅々に干からびた無害な屍が横たわる。
息吹の気配が無いなかでも太陽は昇り、北九州メディアドームを照らした。
自転車競技に使われるヘルメットを模ったといわれる、滑らかなフォルムが白銀に輝く。
そのメディアドームを望みながら、一人の男が歌っていた。
がっしりした肩から吊り下げたギターを、無心にかき鳴らしながら。
オーイ 夢のラップもういっちょ
さあ 夢のラップもういっちょ
弔いの歌は風に乗り、孤独に流れていった。
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