そこには赤剥けの皮膚をした人間めいたものが、片手に本を持って立っていた。
目は丸く金色に輝き、頭部はタコのように膨らんでぶよぶよしている。
裸だったが、男か女かはっきりしない体つきだった。
その生き物は勇太の顔を見つめながら、持っていた本を口に持っていって、鋭い歯で齧った。
まるでパンでも食べるように咀嚼する。それに合わせて、頭部が収縮した。
異様な光景に見入ってしまったが、勇太はハッと我に返る。
この生き物の意図は分からない。しかし、本を柔らかい食べ物のように噛み砕く顎の力は相当なものだ。
襲われて噛み付かれたら、腕など千切れてしまうに違いない。
勇太は身を守る武器がないかと、本の地平に目を巡らせた。
そして、二度目の衝撃にたじろぐこととなった。
たくさんいる!
勇太は本が積まれてできた、ゆるやかな丘の連なりの中に立っていた。
そのあちこちに、金色の目をした赤剥けの生き物の姿があった。
気ままな様子で本をかじり、頭部で消化しているようだった。
組織立っている気配はないが、勇太は取り囲まれていると考えたほうがいいだろう。
戦って良い結果になるとは思えなかった。
あまり刺激したくはなかったが、こちらから話かけてみるしかない。
何より、目の前のこいつを認識したときに、ジェイムズ・Jの合唱は止まったのだ。
勇太は震える声で、本を食べている生き物に尋ねてみた。
「す、すいません。あなたがジェイムズ・J・ジェイムズさんですか?」
生き物はあっけにとられたように口を開け、糊状になった本のページをぼたぼたとこぼした。
それから獣じみた発音で繰り返した。
「じぇいむず、じぇい、じぇいむず、じぇい……」
途端にまた合唱が始まった。
本の丘にちらばる生き物たちが、口々にその名を呼ぶ。
話にならない。この生き物たちにどれほどの知能があるのかも定かではなくなった。
途方に暮れかけたとき、上のほうから鋭い口笛が聞こえた。
そちらに目を向けると、ひときわ高く本が積まれた丘の上に、いつの間にかグレーのスーツを着た白人男性が腰かけて、手招きしていた。
金髪碧眼。悠然とした様子で、白いティーカップを片手に持っていた。
三十歳前後に見えるが、着ているスーツのデザインはずっと古いものだ。
男は流暢な日本語で言った。
「こっちにおいで。僕がジェイムズだよ」
その言葉が発せられると、赤剥けの生き物たちはみな陰に隠れた。
「じぇい、じぇい、じぇい、じぇい……」と口々に囁きながら。
勇太は藁にもすがる思いで、本の山を駆け上がった。
「ジェイムズさん!」
息を切らし、四つんばいになりながら彼の足元にたどり着いたとき、彼はティーカップを傾けていた。ジェイムズが優雅な仕草でティーカップを置くと、本の地面の中から手が現れて、ティーカップをつかんで消えた。
その手は金属の骨格で、血と皮がまとわりついていた。
勇太は不穏なものを感じたが、今は彼だけが頼みの綱だ。
ジェイムズが立ち上がり、勇太に右手を伸ばしてきた。
「ようこそ、勇太。よく来たもんだ」
「ジェイムズさん、助けてください!」
勇太もジェイムズの右手を取り、訴えるように言った。
ジェイムズはそれに答えず、左手で辺りを指し示して言った。
「彼らを見たろ。あの赤剥けの。君なら、彼らをなんて呼ぶ? 君のセンスで名付けるとしたら?」
「え? え? えーと、貪るもの、とか?」
戸惑いながら勇太が言うと、ジェイムズは愉快そうに勇太の肩を叩いた。
「そう、いいね。今日から彼らは貪るものだ! 初めに言葉ありき! そういうだろう?」
ジェイムズは勇太から手を離して続けた。
「そして、人から出るもっとも汚れたものは言葉。そうとも言うね」
「え?」
「ジェイムズの後を追うか、それともジェイムズに託された仕事を続けるか? どっちしても難儀な事だろう、君なんかには」
「何を言ってるんですか、ジェイムズさん? 元の世界に返してくれるなら、それでいいんです!」
続くジェイムズの言葉は、会話として繋がっていなかった。
「知識はね、知性と結びついてこそ、いい仕事をするもんだ。例えば、脳を消化器官に改造して、知識を貪る動物を作りあげることもできるんだ」
「何を言ってるんですか……?」
勇太は一歩二歩と、後ずさる。
にこやかに微笑んでいるジェイムズの顔面が裂けて、血しぶきが飛んだ。
その中から赤黒いものが盛り上がり、形をなしてゆく。
虫が羽化をするように、ジェイムズを名乗った皮がむけて、獣じみた巨人が生まれ出ようとしていた。
金色の目を獰猛に輝かせて、巨人は叫んだ。
「知ハ力ニ非ズ! 暴虐ヲ奮ウ人間ヨ、原初ノ恐怖ト共ニ動物ヘト還レ!」
体液の滴る巨人の両腕には、金属でできた拷問器具が剛毛のように生え、ガチガチと鳴っていた。
2 件のコメント:
w …絞り込んできましたね
じゃ次やってみますー。
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