2012年3月6日火曜日

無計画リレー小説 第一話

【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、青果店の一人娘。
 勇太の祖父‥‥古書店を営んでいる。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。



「勇太なんて大嫌い!」
 大声でそう言い捨てて、さおりは走り去っていった。勇太も外へ出て、商店街の奥へと消えて行く彼女の背中を眺めていたけれど、店番中の身で追いかけることもできず、またその気力も無く、肩を落として古書店の中へと戻る。

 勇太の祖父が営む古書店は、この寂れた商店街にある唯一の書店だった。十九歳になったばかりの古屋勇太は、ここで働いている。働くといってもそれは形式上のもので、狭い空間に古書が縦になったり横になったり、物騒に積み上がっているこの店には、客などほとんど来ない。古書を売りたい客も買いたい客も、駅前にある大型チェーンの古書店へ行ってしまうのだ。
 進学も就職もままならなかった勇太は、このかび臭い小部屋で本を読みながら日々を過ごし、祖父に小遣い程度のバイト代を貰う。それが彼の生活の全てだった。

 特に不満があったわけではない。まだ読んでいない本はたくさんあるし、店番をしていれば、金を使う必要も無い。人間関係に悩まされることも無い。むしろこの生活を勇太は心地よく思っていた。でも、さおりはそうは思っていなかったようだ。

 勇太の幼馴染で、二歳年下の美園さおりは、青果店の一人娘だった。商店街の入口に位置する青果店は、寂れたこの一帯の中でも幾分は繁盛してる方で、彼女も毎日忙しく店の手伝いをしている。だけど、さおりは大学に進学するつもりらしい。勇太はさっきまでの、さおりとの会話を思い出していた。

「どうして進学しなかったの?」
 そのことについて尋ねられるのは、もう何度目だろう。
「進学する金もないしさ、店を継ぐなら学歴なんて関係ないだろ」
「奨学金とかあるじゃない。うちも経済的に厳しいけど、頑張って勉強して、特待生を狙ってるもん」
 さおりが鼻息を荒くする。
「さおりとは違うんだよ。俺はそんなに頭も良くないし」
 無造作に積み上がった古書を、無意味に並べ替えながら、勇太は返事をする。
「勇太は、小説家になるんでしょう」
 黄ばんだ本を手に取ったまま、亮太は動きを止める。
「もう辞めたんだ」
「え?」
「小説なんてもう書いてないよ。いつまでも夢みたいなこと、言ってられないだろ。もう辞めたんだよ」
 吐き捨てるようにそう言って、勇太はさおりの顔を見る。それからその表情に動揺する。今にも涙がこぼれそうな瞳。
「勇太なんて大嫌い!」
 本の山が倒れてきそうなほど大きな声でさおりはそう言って、店を出ていってしまった。

 勇太は無気力に古書の入れ替えを続ける。なにもかも無計画だった。これらの本を目的を持って並べ換えているわけではなかった。陽の目を見ず、誰にも読まれず、かといって早々に朽ちていく訳でも無い書籍。
「俺の方が早く、この世から消えちゃうんだろうな」
 適当に手にとった本は、初版第一刷が昭和の日付になっている。この本は勇太よりも長く生きているのだ。

 古いばかりで価値の無さそうな本を、数十冊ほど納戸に移動する。処分してしまえば良いのだろうけれど、勇太は鑑定眼を持っていなかった。もし貴重なものだったらと思うと、迂闊に捨てることもできない。どうせ客なんか来ないのだけれど。

 六畳ほどの納戸には、これまた無秩序に古書が収納されている。本を置くスペースを空けるため、勇太は無造作に置かれたダンボールを、足で移動する。
 どさどさどさっ。大きな音と共に、山積みになった本が倒れてくる。古書の下敷きになった勇太は、うんざりした顔をして起き上がる。元通りに本を片付けるのに、数時間はかかりそうだ。
「あれ?」
 古書に取り囲まれたまま、勇太は立ち上がる。さっきまで本が積み上がっていた壁に、小さな額縁がかかっている。
 勇太は額縁を取ろうとする。価値の分からない古書とはいえ、踏みつける気にはなれないので、本に足場を取られたまま、壁に向かってめいいっぱい手を伸ばす。

 額縁の中に入っているのは、古書の一部のようだった。随分と黄ばんでぼろぼろになってしまった紙。表紙は無く、冒頭の数ページのみが額に収まっている。中扉と思われるページに、『James・J・James』と記されている。
「それを見つけてしまったんだな」
 勇太が振り返ると、納戸の入口には、敬老会に行っていたはずの祖父が立っていた。

1 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

では2話目やりますーん。やるんだー!やってやるんだ俺はー! うぉぉぉおおおおっ、やっちます! やっちます!