僕は彼女に恋をした。
恥ずかしながら、一目惚れだ。
初めて彼女を目にした瞬間、曇っていた世界が晴れ渡り、今まで見ていた世界が嘘だったかのようだった。
でも、彼女を見たのは一瞬だけ。
すぐに彼女はどこかへ消えてしまった。
僕は慌てて彼女のいた場所へ走って行って見たのだけれど、見つける事はできなかった。
見つけて、それでどうするつもりだったんだ?
声をかける?
一目惚れしましたって?
それとも、お茶でもいかがですかって?
そんなこと、小心者の僕にはできないのは嫌なほどわかっていたけど、それでも探さずにはいられなかったんだ。だって、それが恋ってもんでしょ?
それ以来、彼女のことが頭から離れなかった。
一瞬だけ見えた彼女の姿。
霧のようにぼんやりと、幻想的で白い肌。
影のように黒い髪。
彼女の笑顔。
笑い声。
いつの間にか僕の脳みその中に彼女が住み着いてしまっていて、思わぬところ彼女が顔を覗かせる。
横断歩道、曲がり角、高校の校舎。
そんなところにいないはずの彼女を見かけては、わかってはいながらも、ついつい追いかけてしまう。
そして、いつも彼女の幻想を追いかけて、知らない場所に迷い込んでしまう。
恋の病とはよく言ったもので、日常生活に支障が出るほどに僕は彼女に恋をしていた。
そんな、ある日。
僕は彼女の噂を聞いた。
間違いないと思った。
間違いなく彼女だ。
もうこの街にはいないかもしれないと思っていたけれど、まだこの街にいたんだ。
会えるんだ。
僕は胸を躍らせ、彼女との出会いばかりを想造するようになった。
街角で突然出くわす。
学校の廊下ですれ違う。
どう、声をかければいいのだろう。
幾つもの妄想をいだいてはそれを打ち消していく。
「一目見た時から、君のことが好きでした」
彼女は驚いたように僕の顔を覗き込む。
「今も好きです」
「本当に?」
彼女の声は、綺麗で、可愛い。まるで森の小鳥の囀りのようだ。
「今更、嘘なんて付きません」
「嬉しい」
彼女の笑顔はとても美しい。人を幸せにする笑顔だ。
「でも、残念」
彼女は目に涙を浮かべる。宝石のようにきらびやかで、澄んだ涙。
「どうしてですか?」
「だって……」
彼女は俯いたまま、黙りこんでしまう。
困ったな、と僕は思う。
もう、時間がないのに。
分断された腹からは止めどなく血が流れ出し、時折、吐き気とともに血の匂いが口の中に広がる。
もっと彼女と話したいのに。
さっきまでくっついていた僕の下半身を、ぼとりと取り落とす。
頬を伝った涙が、僕の鼻に落ちた。
「泣かないで下さい」
「でも……」
僕は間もなく死ぬだろう。
助かる見込みなんて無い。
でも、僕は今、幸せな気分で満たされている。
ただ、欲を言えば、彼女ともっと話していたかった。
彼女はテケテケ。
名前はまだ教えてもらっていない。
了
<テケテケを知らない人のための補足>
都市伝説アーカイブストップ
現代妖怪 > テケテケ
http://www.td-archives.net/a01/post-2.html
0 件のコメント:
コメントを投稿