2012年2月29日水曜日

ようやくやっと、アイコン募集。

ものすごく単純で、ものすごーく不細工な見た目ですが、どうにか「てきすとぽい」でログイン・ログアウトの機能を試していただけるようになりました!
でもって、ここまで来てやっと皆様にアイコンの使い道を直接ご確認いただける状態に……。

に、表示される画像のデザインを、募集します。

【募集内容】
最終的なサイズは、

・Twitterアイコン(JPEG/GIF/PNG、最大700kB、Twitter側で自動的に拡大縮小)
  32 × 32 pixel(本人アイコン)
  48 × 48 pixel(タイムラインアプリ連携
  128 × 128 pixel(プロフィール、てきすとぽい初回認証画面)

・favicon.ico(24bit色 or 256色、透過色OK、詳しくはこちらを参照
  16 × 16 pixel
  32 × 32 pixel
  他(24x24、48x48、64x64など)

のものが必要になるのですが、ご応募の時点では、小さめ正方形っぽい画像であれば何でも受け付けます。
複数集まりましたら、例によって多数決で決めさせていただきたいと思いますー。

【募集期間】
3/12締め切り、でお願いいたします。
多数決となった場合、前回と同様、無計画書房の投票機能で一週間程度を予定しています。

【ご応募方法】
Twitter、ブログ、画像投稿サイトなど、どこでもお好みの場所に掲載の上、URLをコメント欄などでお知らせください。

めでたく選ばれました画像の作者様には改めて各サイズへの加工をお願いすると思いますので、なんとなーく、そのつもりでいらしてくださいませ。
加工ツール等お探しでしたら、たぶん無計画書房には詳しい方が大勢おられると思うので、それもコメント欄などでご相談ください。

TwitterアイコンはGIFアニメもOKですので、がんがん動かしたるぜー的なご提案もお待ちしてます!



こんなにたくさんのご提案をいただきました、ありがとうございました!
(こちらに掲載の画像は、ご応募いただいたオリジナル画像を拡大縮小・重ね合わせ加工等したものです。ご了承くださいませ……。)

2012年2月26日日曜日

QB


とりあえず描いてたのよ。という証拠の提出。

妖怪雨森たん

くりんなっぷする前の三パターン。後二パターン入れればもっとぬるぬる動きそう。
もっと派手に前後させよう…

妖怪UCOアニメ

特性・物理攻撃不可 怪火可 
ふよふよういてやってくる癒し系妖怪

大人の方にUPった

全裸妖怪たきてあまひか

2012年2月25日土曜日

きみがはじめて恋をするとき、色とりどりの光の乱舞を見るだろう

 耳の奥にへたくそなハーモニカの音がこびりついている。
 僕と三島くんの出会いは幼稚園にまでさかのぼる。僕は幼稚園児の時から社交性に乏しかった。
 一人砂場でダムを造っていた僕に猫除けの網を投げつけ、ドロップキックしてきた元気のよい男の子が三島くんだった。
 三島くんは当時としてはとても珍しいストロングスタイルのいじめっ子だった。気にくわなければ殴るし、特に理由がなくても蹴る。
 三島くんとのつきあいは、二十年の長きにも渡ったわけだけれども、なぜ彼が僕に目をつけたのかは今もよくわからない。
 三島くんのいじめスタイルは、「こいつは俺だけのオモチャ」型だった。
 そんなわけで、ずいぶんひどい目に遭わされたけれど、僕は三島くん以外の人間のいじめられたことがない。
 殴られたの蹴られたりだのは、三島くんを見返したくて始めた実践空手の道場でさんざん経験した。
 僕も三島くんも、この地域の平均より少しだけ下の世帯収入の家の子だった。わかりやすくいえばはっきりと貧乏ということだ。
 僕はぼんやりと生きて、中学を卒業するまで人を好きになったことがなかった。僕も男だから頭の芯がじんじんとしびれるような欲望は起きている時間のほとんどは感じ続けていたけれど、それと恋を間違えるほど僕の頭は鈍っちゃいなかった。当時はね。
 三島くんは、僕よりも速く頭の芯の痺れが、脳みそ全体に及んでしまった。
 可哀想に、中学生の三島くんは恋を知ってしまった。相手はブラスバンド部に籍を置く犬童(いんどう)さんだった。イヌという時が入っている姓だったけれど、全体的な印象は猫っぽかったと思う。結局僕は彼女とは一度も話さないままだったから性格については保証できないけれど。
 僕たちの通う公立中学校のブラスバンド部は、もちろん楽器の貸し出しを行っていた。けれど、僕も三島くんも金管楽器のビカビカが怖くて近づけなかった。当時の僕たちは、カラス並みだった。
 けれども、三島くんは勇気を出した。彼は、家から手垢やホコリでスモークグレーになったハーモニカを持ってきたのだ。「ブルースハープっていうんだ、ドイツ産だぜ」などと三島くんはいっていた。
 ブラスバンド部の主な活動場所は後者の西端。僕たちの通っていた中学校の校舎には両端に避難用の外階段が備え付けられていた。
 三島くんは二階と三階のあいだの踊り場で孤独にラブソングを送り続けた。
 ブラスバンド部からしてみれば、開いた窓の外から調子外れな童謡なんかが聞こえてくるのだから堪ったものではないだろう。
 外階段の下でしゃがんでいると階段を下りてくる女子のスカートの中身がちらりとのぞくことがあるのを気づいた僕は、そんな三島くんを地上から応援していた。ちなみに中学の僕は点から降り注ぐ色とりどりの光の乱舞を心から堪能したとだけいっておこう。
 ……どういうわけか三島くんは自信に満ちあふれていた。力一杯ハーモニカを吹くものだから、地上の僕までその音色が届いてきたものだ。
 三島くんの恋の行方については言わずもがな。基本的に暴力的で傲岸不遜で、自分の家のことを馬鹿にする人間を力で押さえてきた三島くんの失恋はあっという間に全校中に知れ渡った。
 当時は誰もがそれを笑い話にした。
 けれど今日、その話をする三島くんの家族の顔には懐かしむような優しい笑みが浮かんでいる。
 東京で、通り魔から他人を守ろうとして巻き添えを食って三島くんは死んだ。
 ちょうど三年前の今日のことだ。僕のポケットには、熱にあぶられ元がなんだったのかわからないほど変形した金属のかたまりがある。
 HOHNER社のブルースハープの共鳴板。
 火葬される直前の三島くんの手に強引に握らせたせいか、普通なら溶けて流れてしまうはずのものが残ってしまったのだ。
 僕は、三島くんの家族の目を盗んでちっぽけな金属のかたまりを喪服のポケットに滑り込ませたのだ。普通なら親族しか列席しないお骨上げの席に僕がいたのは、三島くんの友達は僕だけで、僕の友達も彼だけだったからだ。
 たった一人だけの僕の友達の、誇るべき最初の失恋の証。
 それを僕はまだ捨てられないでいる。

ウミトハネ


妹がそのチケットを手に入れたのは僕が十歳、妹が五歳の時だった。
「にいちゃん、うみからこれあげる」
僕に両手でさしだしたチケットは『やくそくけん』と書かれてあり、僕がそれがどういう意味で書かれたのかを妹に聞くと、まだ幼い妹は、
「うみはにいちゃんとけっこんするの。そのやくそく」
そんな事を言ってきた。当時もう思春期に入りかけだった僕は、この妹の『やくそくけん』を笑顔で受け取りながら内心ではおかしな戸惑いも感じていた。
両親は、妹の宇美が生まれてすぐに離婚し、僕たち兄妹は母の祖父母に引き取られ、育てられてきた。母は実家である祖父の家にほとんど顔も出さず、宇美が幼稚園生になった年に知らない人と再婚して、それ以来顔を見ていない。
僕たちの親代わりとなった祖父母はやさしかったが、それも宇美のあの病気が発症するまでの話だった。
それは宇美が九歳になった時に始まった。
「兄ちゃん、背中が凄くかゆいんだけど」
そう言って僕に背中を見せた。妹のシャツをまくって背中を見てみると肩甲骨の上に小さな傷ができており、それが赤く腫れていた。
「傷みたい。触るなよ?」
そう言い付けたものの、宇美はたびたび背中のかゆみを訴え、そのたびに僕に泣きついてきた。
ある日、僕が部活から帰るといつものように飛び出てくる宇美の顔が見えない。いぶかしんで宇美の部屋に行くと、宇美はベッドにもぐりこんで泣いている。
「おい、どうしたんだ?」
ベッドの傍まで歩み寄る僕に宇美はいつもかゆみを訴えている背中を見せた。
翅だった。
妹の背中の肩甲骨の上に、それぞれ二枚の虫の翅が生えていた。
現代でも難治とされる慢性上皮石灰翅腫という病気だった。
妹は何度も手術をしたが、取り除くたびに翅が生えてきた。翅が生える以外は特に問題になる症状がない事を理由に祖父母が宇美に治療を諦めるように言ってきたのは宇美が十二歳の時だ。もちろん、医療費が嵩んで家計が苦しかった事を知っていた僕と宇美は、それ以上祖父母を苦しめるつもりはなかった。

五年が過ぎた。宇美は十七歳、兄の贔屓目じゃないがとても美しい少女だった。
だが、背中に虫の翅が生えている妹に近寄る異性はいなかった。 ――というより、妹の方が異性を遠ざけていた。高校一年のときに彼氏ができたとはしゃいでいたが、それもほんの一時期の事だった。たとえ兄でも男である僕には言えなかったのだろう。だが僕には薄々だが気付いていた。宇美は恋人にその翅を見せたのだ。そしておそらく手酷い振られ方をした。
宇美がそうやって苦しい青春を送っている中で、だが僕の方はなぜか幸福だった。今から考えればこの美しい妹を何年も一人占めにできたのだと素直に思えるが、当時の僕にはその幸福を素直には受け入れられなかった。僕は何度も妹にデートを薦めたり、僕の大学の友達で信頼できる奴を紹介したりした。
だがそれが逆効果だったのか、宇美は頑なに異性との接触を拒んだ。
「私にはおにいちゃんがいるから、大丈夫よ」
僕はそんな妹に困惑顔をしてみせながらも、内心では無上の喜びがあった。
四年が経ち社会人になっていた僕は、祖父母の家を出て二人暮らしを始めていた。
宇美は大学三年生で相変わらずの男嫌いだが、それなりに充実した生活を送っているようだった。僕はいつまでも妹と一緒に暮らすのだと思い込んでいた。あいつの背中の翅を受け入れてやれるのは僕だけ、そんな陶酔めいた思いに浸っていた事にも気付かなかった。
ある日、宇美は彼を連れてきた。
石間くん。以前僕はいつものようにデートをすすめた僕と同じ大学のサークル出身の後輩だった。もちろん、僕の前に異性を連れてくるなんて始めての事であり、僕は緊張した。
「宇美さんと交際させて頂くことになりました」
出会いというのは一面で難しく、一面でなんともあっけないものだ。その石間という男は既に宇美と僕だけの秘密だった『そのこと』を知っていた。
「お兄さんにお許しを頂ければ宇美さんと結婚をと考えています」
若い癖にずいぶんと堅苦しい事をいうこの男を、僕は「こいつ、いい奴だから」と褒めた。内心では静まりようのない後悔の嵐が吹き荒れている事を妹は知りもしない。
石間は結局宇美の外見に惚れただけではないのか、体が目当てで背中の翅を見ないフリしてるだけだろう。夜になると僕の妄想は大波となって揺れた。そして朝になると静まった。
僕は石間と宇美の結婚を許した。結局僕の思いとは、僕を狂人にさせる類のものではなかったのだ。朝を迎えたとき、僕は必死で自分をそう納得させた。
宇美は八年前に石間と結婚して、今では一児の母だ。
どことなく僕に似ている。夫である石間と宇美が生まれたばかりの甥を見てそう言って笑った時の事は今でも昨日の事のように覚えている。六歳になる甥には、まだ翅は生えていない。たぶんきっと生えない。
そして去年、宇美にさらに嬉しい知らせがあった。 持病である慢性上皮石灰翅腫の再発を抑える新薬が厚生省から認可されたのだ。石間の後押しもあって、宇美は最後の手術に臨み、その背中の翅と決別した。

「それ、おにいちゃん持っててよ」
麻酔から醒めたばかりの白い顔のまま、宇美は僕に言った。取り除かれた宇美の翅は乾燥して小さく縮んでいた。
「バカゆうな、こんなものいらないよ」
そういって断ったが、宇美の頼みもあり結局その翅はビーカーに密閉されて今僕の部屋にある。それを見るとなぜか僕は、いつも妹の結婚式を思い出すのだ。石間は僕に向けたスピーチでこんな事を言った。
『お兄さん。宇美をずっと守って下さってありがとうございます。これからは宇美を守る仕事を僕にも分けて下さい。きっとこれからは僕とお兄さんが両翼に、宇美を守る天使の両翼になるでしょう』

僕は今も一人でいる。
宇美を僕をつなげていた虫の翅は取り除かれ、僕の心にも一応のケリがついた、そのつもりだった。今年の秋には石間くんと宇美にもう一人家族が増えるそうだ。その知らせを聞いたとき、自分の事のように嬉しかった。
でも宇美の翅が入ったビーカーと一緒に、あのチケットがクローゼットの中にある事を、さて宇美は知っているだろうか。『やくそくけん』 僕はそのチケットを後生大事に持って、一体どうしたいのか、兄として妹の幸せを祈っていたいのか。
それを僕はまだ捨てられないでいる。

<終>