2012年5月2日水曜日

その 向こう。



待ち合わせた時から ずっと 優菜は機嫌が悪かった。
「何だよ、折角久しぶりに会えたのに」

就職してからは遠距離になった。このGWに会えるのを楽しみにしてたのに 何だか酷い。
ずっと夢だった小学校の先生になれたっていうのに
電話でもメールでも このごろ愚痴ばかり聞かされる。
最近は 何をどう返事したらいいのかも解らない。
いい加減な返事をすると怒るし こうだと思うことを言ったら
あなたは今のこどもたちについて何にも解ってない、と責められる。
黙って聞いていたら 何か言ってほしいと 泣かれてしまう。
疲れてるのは解る。
会ってぎゅっと抱きしめたらきっと・・・なんて想像も 今思うと馬鹿みたいだ。

「いじめられてる子がいるの」

靴に泥を入れられたり 物を隠されたり 鉛筆折られたり。
─ああ、そういうの 昔っからあるよな。
ついそんな返事をしたら あきらかに優菜の目つきが怖くなった。
「相談されてるの?」
「いじめた側が認めないとか?」
「親が出てきたとか?」

優菜はテーブルのナプキンを細かく細かくたたみながら
長い間 返事もしない。
「全然 違う」
ぽそりと言う。抑揚のない声。

「じゃあ 何?」

「本人よ、そのいじめられてる子が…」

何とも思わない、別に気にしない。
しいて言えば 今度入学する妹に知られたら嫌だ とか。

別に死んでもいいとか言うの。表情変えないで。



聞いてないよ、聞くわけないじゃない。
死にたいと思う?なんて。
私 これでも ちゃんと先生やってるよ。
子供の心傷つけないよう 言葉選んで。 みんなどの子も平等に大事にして。

死にたいと思う?なんて 聞くわけないじゃない。
誰がそんなこと聞くのよ、誰がそんな風に・・・・。

優菜が勢いづいて喋りつづける。手が細かく震えている。
顔から血の気が引いて怖いほど青ざめている。

その子が言ったの。急に私の目を見て。それまでどこ見てるか解らない目をしてたのに。
『死にたいと思うか…って?』
そして それに返事をした。自分で。

誰が聞いたの?そんな恐ろしいことば。



その子の空耳なの?その子の中の誰かなの?
ねぇ 誰がそんなこと・・・・。

あたしなの?あたしの中の誰かなの?
こどもの頃の あたしなの?

熱に浮かされてうわごとでも言っているかのような優菜の様子に
テーブルひとつ挟んだだけのはずの 僕と優菜の距離が 
どんどん遠くなる。


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お久しぶりです。
初投稿で空気読んでないのではないか ドキドキのすずはらです。

お気づきのように 住谷さんの前出の「あなたのとなりの物語3話目」から
派生した物語(?)です。
住谷さんの投げるのは直球のように見える実はもの凄い球で
それを拾って あさっての方向に投げさせてもらいました。
こんな風にして最初に書いたのは2005年のことなので もう7年も前になります。
歳とるわけだ。

書くことをOKしてくれた住谷さん、ここに参加させてくれた皆さんに感謝です。








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