2012年4月6日金曜日

おじいちゃん

 小さかったおばあちゃんが、大きくふくれあがっていた。「全身に水が溜まって、浮腫んでいるのだ」と、主治医は言った。体中にくだが刺さっていて、トイレさえも行けない。痰さえも自分で吐き出すことができない。それでも、おばあちゃんは確かに生きていた。
 十数年ぶりに生まれ育った町に帰ってきた私に、おばあちゃんはベッドの上で何かを語りかけようとしていた。私がちゃんと聞き取れていないことに気づくと、おばあちゃんは起き上がろうとさえしてくれた。もうすでにそんな力はなかったんだけれど。
「お祭りに来たが? 私も行きたいがいけど、あかんやろねえ」
 一生懸命話しかけようとするその口元から、私はその声を聞いた。聞こえたんじゃなくて、伝わったと言った方が正しいかもしれない。
「ごめんね」
 おばあちゃんはそう言ったかと思うと、次の瞬間にはすでに眠ってしまっていた。

 家に帰ると、おじいちゃんが酒をあおっていた。タバコも酒も好きだったおじいちゃん。タバコは止めて、酒も一日一合にとどめているらしい。おばあちゃんにきつく言われたそうだ。
「ばあちゃんがおらんからいくらでも飲めるがいちゃ」
 おじいちゃんはそう言って笑った。私はおじいちゃんの酒を一杯だけもらって飲んだ。あまりおいしくなかったけれど、私は笑って、「そうやけど、あんま飲んだらあかんよ」と言った。
「大丈夫やちゃ。ちょっと飲んだらすぐ眠なるもん」
 白い字でキリンビールと書かれた小さなコップを見つめて、おじいちゃんは無精髭を触っていた。幼い頃、嫌がる私の顔に擦りつけてきたその髭も、今は少し弱々しく見えた。

 私がこの町に住んでいた頃、おじいちゃんの名は町中に轟いていた。もちろん良い意味ではなく、悪い意味だ。一度機嫌を損ねると手をつけられないほどに暴れるじいさん。それがおじいちゃんに対するこの町の人たちの評価だった。
 でも、当の本人は実にあっけらかんとしていた。普段のおじいちゃんは誰にでも話しかけ、ことあるたびに家に人を呼び入れていた。そして、掛け軸や、彫刻や、仏壇を自慢するのだ。当時はかなり勉強のできる子だった私も、おじいちゃんの自慢の対象だった。

 病院から電話がかかってきたのは、朝の五時だった。電話に出たのはおじいちゃんだった。私も起きだしてきて、そのおじいちゃんの姿を見ていた。最も悪い予測を私はしていた。
「ほんまか」
 おじいちゃんの顔面が蒼白になる。今にも受話器を落としそうだった。私はうつむいた。
「友里、車、運転してくれんか」
 受話器を置いたおじいちゃんは、静かにそう言った。

 私の運転で、病院に行った。おばあちゃんは集中治療室にいた。体中には相変わらず何本ものくだが刺さっていて、ピッ、ピッとモニターの音がしていた。医師がひとりと、数人の看護師が慌ただしく働いている。
「もうあかんがか」
 おじいちゃんはそう医師に聞いた。
「うん。あかん思うわ」
 本当なら医師がそんなことを言うべきではないと思う。でも、彼とおじいちゃんの間には私の知らない信頼関係があるのだろう。
「そうか」
 おじいちゃんはそう言ってうなだれた。私は、言葉が出なかった。
 おじいちゃんはゆっくりとおばあちゃんのベッドの横にひざまずき、浮腫んだおばあちゃんの手をとった。医師は看護師に集中治療室から出るよう指示した。
「ばあちゃん、おまえ、祭り一緒に行こういうとったがに、死んだらあかんないけ」
 おじいちゃんは搾り出すように言った。
「おらがこんながやから、苦労かけたな。おらもすぐ行くから待っとられ」
 おばあちゃんは動かなかった。そのまま、数分が過ぎた。

 モニターから聞こえる音が変わって、医師がおばあちゃんの死亡を確認した。
「五時三十七分、ご臨終です」
 こういう言い回しはどこでも変わらないんだな、と思った。
 私は、集中治療室を出て、デイルームと呼ばれる場所に向かった。ナースステーションの前を通ると数人の看護師が涙を拭いていたけれど、私の姿を見て仕事の顔に戻った。私は、「ありがとうございました」とあいさつをした。
 私がデイルームの椅子に座っていると、ひとりの看護師が小走りでやってきた。私が会釈をすると彼女も小さく頭を下げた。
「おじいちゃん、いつもおばあちゃんのところにいらしてたんです」
 落ち着いた声で、彼女は話し始めた。
「本当にいつも仲が良くて。ナースステーションで『素敵なおじいちゃんとおばあちゃんだね』ってみんな言ってたんです」
「そうですか」
「おじいちゃんを、大切にしてあげてくださいね」
 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。そして、「出すぎたことを言ってしまいました。申し訳ありません」と言った。
「いえ。本当にありがとうございました」
 私は立ち上がって、お礼を言った。

 太陽がのぼって、デイルームの窓から見える景色は朝の光で包まれていた。今日も、世界の人々にとって普通の一日が始まる。
 しばらくして、おじいちゃんがデイルームに来て、タバコを吸った。やめていたんじゃなかったのかしらと思いながら、私はそんなおじいちゃんを見ていた。
 おじいちゃんの目は真っ赤に染まっていた。

 北国の短い夏はまだ始まったばかりだった。

4 件のコメント:

住谷ねこ さんのコメント...

とても読みやすくおもしろかったです。
(内容的におもしろいとは語弊がありそうですが…)

おばあちゃんの病状、おじいちゃんの人となりの描写が短いながらイメージするのに十分でした。

最後の段落でおじいちゃんのタバコの扱いが願掛けをしていたのかと思わせるけじめのつけ方でさりげなくていい使い方だと思ったのでした。

冬雨 さんのコメント...

>>住谷ねこさん

コメントありがとうございます。
あまり誉められると照れてしまいます(/ω\)キャッ

人の最期ってドラマとか映画とか、もちろん小説でもよくあるシーンですけど、
もしそれを自分が書いたらどうなるんだろうなと思いつつ書きました。

読んでいただいてありがとうございました♪

takadanobuyuki さんのコメント...

あまり体に悪いところもなくボケもせず、ばあちゃんとの生活が、少なくとも自分が死ぬまでは続くだろうと思っていたらばあちゃんが先に亡くなってしまった。それでも、この、まるでこどもみたいな素直なおじいちゃんにとって数週間?の看病をとおしてばあちゃんと一緒に心の準備ができた。

一人になった彼は自らの人生を振り返りながら枯れるように死んでゆくのでしょうか。
それとも生活が荒れ、ばあちゃんの後を追うような死に方をするのでしょうか。
どのようにも想像できますが・・・

死にゆく人のエピソードですが、なんというか、ふしぎと幸せ(といったらちょっと語弊があるけど)な読後感でした。

冬雨 さんのコメント...

コメントありがとうございます。
そうですね。なんとなーく幸せっぽいって思ってもらえるととても嬉しいですね。

おじいちゃんの最期はどうなるのか。
いろいろ考えてみるんですが、物語にできなさそうな気がしています。
理由はうまく説明できないんですけど。

読んでいただいてありがとうございました♪