2013年4月14日日曜日

僕は彼女に恋をした


 僕は彼女に恋をした。
 恥ずかしながら、一目惚れだ。
 初めて彼女を目にした瞬間、曇っていた世界が晴れ渡り、今まで見ていた世界が嘘だったかのようだった。
 でも、彼女を見たのは一瞬だけ。
 すぐに彼女はどこかへ消えてしまった。
 僕は慌てて彼女のいた場所へ走って行って見たのだけれど、見つける事はできなかった。
 見つけて、それでどうするつもりだったんだ?
 声をかける?
 一目惚れしましたって?
 それとも、お茶でもいかがですかって?
 そんなこと、小心者の僕にはできないのは嫌なほどわかっていたけど、それでも探さずにはいられなかったんだ。だって、それが恋ってもんでしょ?
 それ以来、彼女のことが頭から離れなかった。
 一瞬だけ見えた彼女の姿。
 霧のようにぼんやりと、幻想的で白い肌。
 影のように黒い髪。
 彼女の笑顔。
 笑い声。
 いつの間にか僕の脳みその中に彼女が住み着いてしまっていて、思わぬところ彼女が顔を覗かせる。
 横断歩道、曲がり角、高校の校舎。
 そんなところにいないはずの彼女を見かけては、わかってはいながらも、ついつい追いかけてしまう。
 そして、いつも彼女の幻想を追いかけて、知らない場所に迷い込んでしまう。
 恋の病とはよく言ったもので、日常生活に支障が出るほどに僕は彼女に恋をしていた。

 そんな、ある日。
 僕は彼女の噂を聞いた。
 間違いないと思った。
 間違いなく彼女だ。
 もうこの街にはいないかもしれないと思っていたけれど、まだこの街にいたんだ。
 会えるんだ。
 僕は胸を躍らせ、彼女との出会いばかりを想造するようになった。
 街角で突然出くわす。
 学校の廊下ですれ違う。
 どう、声をかければいいのだろう。
 幾つもの妄想をいだいてはそれを打ち消していく。

「一目見た時から、君のことが好きでした」
 彼女は驚いたように僕の顔を覗き込む。
「今も好きです」
「本当に?」
 彼女の声は、綺麗で、可愛い。まるで森の小鳥の囀りのようだ。
「今更、嘘なんて付きません」
「嬉しい」
 彼女の笑顔はとても美しい。人を幸せにする笑顔だ。
「でも、残念」
 彼女は目に涙を浮かべる。宝石のようにきらびやかで、澄んだ涙。
「どうしてですか?」
「だって……」
 彼女は俯いたまま、黙りこんでしまう。
 困ったな、と僕は思う。
 もう、時間がないのに。
 分断された腹からは止めどなく血が流れ出し、時折、吐き気とともに血の匂いが口の中に広がる。
 もっと彼女と話したいのに。
 さっきまでくっついていた僕の下半身を、ぼとりと取り落とす。
 頬を伝った涙が、僕の鼻に落ちた。
「泣かないで下さい」
「でも……」
 僕は間もなく死ぬだろう。
 助かる見込みなんて無い。
 でも、僕は今、幸せな気分で満たされている。
 ただ、欲を言えば、彼女ともっと話していたかった。

 彼女はテケテケ。
 
 名前はまだ教えてもらっていない。


 了


 <テケテケを知らない人のための補足>
  都市伝説アーカイブストップ
  現代妖怪 > テケテケ
  http://www.td-archives.net/a01/post-2.html

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