2012年10月26日金曜日

延長コード


 プラグが垂れ下がっている。
 はて?これは何に電力を供給するためのものであろうとコードをたどってみるのだが、コードは延長コードを解していて分岐の分岐を繰り返して、更にはコードが密生してこんがらがってしまっている場所まであり、しかもそのコードが似たような色をしているから余計にややこしい。やっとの思いでたどり着いたのは元の天井からぶら下がったプラグである。コンセントに刺してみれば良いのではないかと思うのだが、今度はコンセントが見当たらぬ。確かに延長コードの分岐点にはコンセントがあるのだが、そのどれにも何らかのプラグが刺さっており、開いているものがあったとしてもとても個人の家庭用途とは思えぬ奇妙な形をした穴が開いているのだ。ならばどれか適当なプラグを抜けば良いのではないかと思われるかもしれないが、そのプラグの先にはまた延長コードがあるわけであり、それを抜いてしまったが最後、下位にあたる延長コード郡に接続された電気駆動の何かが一挙に活動を停止されることを意味するのだ。はっきり言ってそれはあまりにも危険だ。この部屋の家電やら機械群は連動して動いているものも少なくなく、群を構成する一部の機械でも止まってしまえば重大な支障をきたしかねないし、それを復旧する作業など想像するだけで恐ろしい。壁にある大本の電力供給源たるコンセントは今や蔦のように壁にはったコード群に埋め尽くされてしまい、その行方は杳として知れぬ。そもそも電源を辿っていく作業ですらかなりの労力を要するのである。床は根のように張り巡らされたコードで埋め尽くされており、天井もまた同じである。窓も電灯も覆い尽くされてしまったから、コードに電球を取り付けており、またそれにはコードが必要なわけだからコードは成長する植物が如く部屋の中を埋め尽くしてゆくのである。もはや部屋は何もない空間以上にコードが占有する空間のほうがはるかに多い。それどころか、つい先日には窓が突き破られ、コードたちが外部へ露出してしまっていることが判明した。コードが束ねられ、からみ合ってできた巨大なアーチをくぐり抜け、冷蔵庫から食料を調達すると、今度はコードをロープがわりにして上へと登り、電子レンジへ投入するという有様である。
 部屋の扉が塞がれ、外へ出られなくなって久しくなるが、コードの幹の中に時折きのこと思しき菌類や金属質の光沢を持つ節足動物が這いずっているので、どうにか死なないで生きて居れるのである。テレビを見ることは随分と昔に諦めていたのだが、最近になってようやっとその場所にたどり着けるようになった。そのうちまたそこへたどり着く通路は塞がれてしまうのだろうけども、部屋としてはだいぶ狭くなってしまったのであるが、奇妙なことに移動を要する距離は長くなったように感じられる。まるで森の中を散策しているかのようだ。コードの森は次第に拡大しているような気がしないでもない。
 つい先日、人影を見かけた。この部屋に住むものはワタクシ一人であるとばかり思っていたし、こんな生活になる以前に同居人がいた記憶もない。長らく人に合っていなかったワタクシの見た幻影であろうか。まあ、他にすることがあるわけでもない、行ったことのない領域を探索してみるのも悪くないのではないか。
 とまあ、こんなかんじで書き記しているのは、どこかにつながったキーボードを見つけたが故である。ディスプレイは付近には見当たらない。ちゃんとこの文字が打ち込まれているのかも定かではない。だが、なんとなく書き記してみたくなったのだ。誰か見ているものがあったら、嬉しい限りである。



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